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「成功=幸せ」とは限らない?~子どもが将来ミッドライフ・クライシスに陥らないために~子どもとティーンの心育て

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

「成功=幸せ」とは限らない?
~子どもが将来ミッドライフ・クライシスに
陥らないために~

社会的に成功し幸せな家族を築いているように見える人でも、実は心の中では満たされない思いや空虚感に囚われている場合が少なくありません。彼らは知らず知らずのうちに「中年の危機(ミッドライフ・クライシス)」に陥っているのかもしれません。中年の危機とは何か、なぜ起きるのか、そして成長した子どもがそのような状況に陥らないために、親は何ができるのかを探ってみましょう。

「中年の危機」とは、40~60歳前後にかけて経験する心理的危機で、1965年にカナダの心理学者エリオット・ ジャックス氏により発表された研究報告「死と中年の危機」で世に知られるようになりました。中年期は、人生の折り返し地点で心身が衰える一方、仕事の重圧や子育てのストレス、ローン返済や学費の支払いなど、人生で最も責任や悩みを抱える時期です。親や近しい人の病気や死を経験し、自分の死を意識し始めるのもこの頃。「このまま人生が終わってしまうのでは」という強い焦りや後悔の念を抱き、男性の場合は若い頃に憧れたスポーツカーを買い、家族を顧みず若い女性と浮気をするのが典型例。女性も閉経に伴う更年期障害、子どもが巣立った後の「空の巣症候群」、老化による見た目の変化などで気分が落ち込み虚無感に襲われることがあります。

大多数の人が中年の危機に陥る可能性があると思われがちですが、MIDUS(中年期に関する全米初の全国調査) によると、中年の危機を経験する人は全体の10~20%に過ぎないと報告されています。研究によると、中年の危機に陥りやすい人にはある共通の性格的特徴があるとのこと。それは、不安やうつ病を発症しやすいとも言われる神経症傾向であり、具体的には以下の6つが挙げられます。

激情的:物事が思い通りに進まないとすぐ怒る。
心配性:起こってもいない事をあれこれ心配する。
悲観的:物事を悪い方に解釈し、根に持ちやすい。
快楽的:欲求やその場の状況に流されやすい。
自意識過剰:他人の目や世間体を気にし、敏感に反応する。
低ストレス耐性:予期せぬ事態や失敗を恐れて過度に緊張する。

子どもが神経症傾向になるのを回避するために、親にできることは何でしょうか。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の神経心理学のアラン・ショア博士によると、幼少期から怒鳴られて育った子どもは危険を察知する脳の部位である扁へんとう桃体が敏感になり、神経症傾向が強まるそうです。子どもを大声で叱っている人はなるべく声を抑えることから始めましょう。もし怒りを抑制できない場合は、自身の激情的な傾向を認め、自分を変えることから始めましょう。子どもと適切な距離を置き、怒りの制御は自分の課題と言い聞かせましょう。

子どもに「もっと頑張って」、「あなたのためよ」と親の期待や価値観を押し付ける過干渉は、子どもが失敗を極度に恐れる完璧主義、もしくは無気力で引きこもりがちになるリスクを高めます。また、必要以上に保護して失敗しないように先回りする過保護な親も、子どもを物事が思い通りに進まないとすぐ怒る激情的で自己中心的な性格にする傾向にあります。過干渉や過保護は親の支配欲や不安感の表れであると理解し、セルフヘルプ本や本コラムの過去記事(2020年5月15日号の「不安な気持ちを減らす方法」)などを参考にして不安感を減らしましょう。親が子どもの自主性を尊重して本人に任せれば任せるほど、子どもは自分の感情をコントロールできる自律的な大人へと成長していくでしょう。

神経症傾向の遺伝率は40~60%とされており、遺伝と環境の相互作用により形成されます。自分の性格は親の影響を受けていることに気づき、まずは自分が親から受け取った負の遺産を無くすことから始めましょう。新しい目標や夢の実現に向けて行動したり、変化を受け入れ、柔軟で楽観的なものの見方を取り入れたり、交友関係を広げたり、自分の本当にしたいことを始めましょう。

人生で一番苦労の多い中年期に親が輝いて人生を楽しんでいると、子どもも同じように「中年になっても人生は楽しい」という確信が深まり、楽観思考に変わっていきます。まずは自分が変わり、親子ともに中年の危機をチャンスに変えて大きく成長していけるといいですね。



参考文献・記事


▪️第1パラグラフ:「死と中年の危機(ミッドライフ・クライシス)」
Death and the Mid-Life Crisis By Elliott Jaques
https://pep-web.org/browse/document/IJP.046.0502A

▪️第3パラグラフ:MIDUS(中年期に関する全米初の全国調査)
Midlife as a Pivotal Period in the Life Course: Balancing Growth and Decline at the Crossroads of Youth and Old Age
www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4286887/

▪️第4パラグラフ:神経症傾向が強まるそうです
THE EFFECTS OF EARLY RELATIONAL TRAUMA ON RIGHT BRAIN DEVELOPMENT, AFFECT REGULATION, AND INFANT MENTAL HEALTH (Page19) By ALLAN N. SCHORE
www.allanschore.com/pdf/SchoreIMHJTrauma01.pdf

▪️参考記事
不安な気持ちを減らす方法 ~認知の歪みに気付こう~
https://soysource.net/lifestyle/children_teen_kokoro/children-teen-kokoro-32/

長野 弘子
ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com