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嫌な気持ちは体に蓄積する!? ~神経系をコントロールする「ソマティック」の活用~子どもとティーンのこころ育て

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

嫌な気持ちは体に蓄積する!?
~神経系をコントロールする
「ソマティック」の活用~

つい子どもに怒鳴ってしまう、パートナーの言動に怒りが収まらない、友人から言われた嫌な言葉を頭の中で繰り返してしまうなど、「頭ではわかっているけど止められない」経験はありませんか? 過剰反応してしまう場合、それは頭だけの問題ではなく、過去の体験が体に蓄積されて心と体を支配し、自律神経系が暴走している状態かもしれません。

生物学者であり心理学者でもあるピーター・A・リヴァイン博士によると、恐怖体験などのトラウマが原因で、危険が過ぎ去った後も体の奥に緊張が深く刻み込まれ、突然同じような感覚がよみがえったり、筋肉の硬直や痛みといった身体的な症状が現れることがあるされています。体に蓄積された緊張のエネルギーを解放するためには、認知を変える「トップダウン」のアプローチではなく、体に直接働きかけて神経系を落ち着かせる「ボトムアップ」のアプローチが効果的とされています。

身体感覚を通じて心の回復を目指す療法は、ギリシャ語の体を意味する「ソマ(soma)」に由来し、「ソマティック療法」と呼ばれています。ソマティック療法にはさまざまなアプローチがありますが、その中でもリヴァイン博士が1970年代から提唱している「ソマティック・エクスペリエンシング(SE™)」は、動物行動学や神経生理学、心理学などを統合し、「体の中に残った未処理の生理現象を完了させる」ことで心身の健康を回復する体系的なメソッドです。

博士は、動物は危険を回避した後に体を大きく震わせてエネルギーを放出し、体の緊張を解いて通常モードに戻ることに気づきました。一方、人間の場合、虐待やいじめなどの長期にわたる緊張状態から逃れることができないと、自然な回復が抑制されてしまうと考えました。今回は、体に閉じ込められた負の感情を解放するセルフヘルプの方法を紹介します。


1)安全基地:
心地よい場所や安心できる人物を思い浮かべ、体の感覚に集中します。親からの愛情をあまり感じられなかった場合でも、誰かに褒められた記憶や友人と笑い合った記憶、猫や犬と触れ合った楽しい経験などはあるでしょう。少しでもほっとした気持ちを感じられたら大丈夫です。「胸が温かい」「力が抜ける」といった体の感覚をゆっくりと味わいましょう。

2)嫌な感情の受容:
安全基地を十分に感じられるようになったら、次は嫌な感情を受け入れる練習をします。怒りや恐れ、無力感などの感情を否定したり押し殺したりすると、体に蓄積されてしまい、コントロールできないほど膨れ上がってしまいます。まずは、嫌な思い出の端っこにほんの少し触れるイメージをして、不快な感覚があれば、それをそのまま受け入れてみましょう。強烈な感情に押しつぶされそうになったら、安全基地に戻り、ほっとした体の感覚に戻ります。こうして負の感情を少しずつ受容することで、体の奥にたまった感情が解放されていきます。

3)ペンデュレーション(振り子):
1)と2)の相反する2つの体の感覚を、振り子のように行ったり来たりしてみましょう。感情を外に出せば出すほど心身が落ち着き、次第にリラックスした状態が長く続くようになります。このリラックス状態を「耐性領域」と言い、落ち着いて人と関わったり、ストレスに対処したりできる状態です。一方、怒りに任せて衝動的な行動を取ったり、頭が真っ白になったりする状態は、耐性領域を超えた過覚醒、低覚醒の状態。ペンデュレーションを繰り返すことで耐性領域が広がり、感情を爆発させたり、麻痺させたりすることが少なくなっていきます。


焦らずに、少しずつゆっくりと進めることが大切です。「やってみたい」と思っただけで、すでに体が少し軽く感じるかもしれません。こうしたかすかな体感をじっくり味わうことで、感情の動きに敏感になり、安全基地の体感を呼び起こして、徐々に耐性領域にとどまることができるようになります。体の声に耳を傾けて、親子でお互いに心地よい感覚でいられる時間を増やしたいものですね。


参考文献


Waking the Tiger: Healing Trauma Paperback by Peter A. Levine
Trauma and Memory: Brain and Body in a Search for the Living Past by Peter A. Levine

長野 弘子
ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com