「分不相応」
人には魂のレベルがある
それがいちばん大切な相性!
パートナーを選ぶなら、「ダメと思うところが一緒」が良い。人として、人に対してのあり方が同じ。それが大切なのです。身分や財力、立場ではなく、気持ちが釣り合っていないことが、本当の意味での「分不相応」。
シアトルの皆さん、こんにちは。日本は駆け足のように、やっと来た夏が猛ダッシュで去り、すっかり秋です。先日、シアトルでも松茸が採れることを知りました。景色が美しいだけでなく、おいしいものの宝庫ですね。シアトルでは鍋料理もおいしそうだと、よだれの出るミヤザキです(笑)。
さて、今回は将来一緒になろうと思う相手の見極めについて。よく「分不相応」と言いますが、意外に誤解されている言葉のように思います。この不相応は人を差別する言葉ではないのです。昔で言えば家柄が違う、などですね。そうではなく、「自分に見合った人を探すように」ということです。人間同士は、魂、心の部分の価値観が同じであることがいちばん大切。私の友人夫婦がこう言いました。「ダメと思うところが一緒」が良いと。たとえばですが、映画を観て、面白いと思うシーンより、「あれは人として良くないよね?」というシーンが共有できること。そのほうが人間としての部分が共有できているのだそうです。これは人の魂のレベルだと、私はよく話をします。
大げさに言えば、人の幸せを心から願う人、まだ見ぬ人類の幸せを願う人がいる一方で、人の不幸せを願う人も実際いるわけですよね。これは魂のレベルからの違いなのです。そのレベルが同じであることがいちばんだと思います。趣味趣向が違っても、時間が経てば、認め合うこともできます。しかし、魂が違うと、やはりパートナー関係は成り立たないとミヤザキは考えます。
若い方には、もうひとつスパイスを。結婚に対して、心理学を利用する国の話です。それこそ「私はあなたがいれば6畳一間でも幸せ!」と言っていたとします(かなりベタですが)。けれど一生、6畳一間で暮らせるでしょうか? 子どもで言えば、子どもが欲しい人、欲しくない人、子どもの数、与える教育、そういう現実的な部分を、ある程度は先に共有しておいたほうがいい。そこで婚前アンケートを出させる国があるそうなのです。それも現実的で良いことのように思います。細かい部分は目をつぶれるけれど、自分の人生設計の大まかなすり合わせは、結婚の前にあってもいいかもしれない。バツイチである私の経験上、ではありますが。
話を戻します。まずは魂の階段が1から10まで(人を思いやる度合いや生き方など含め)あるとすれば、自分に近い数字の人というのが、パートナーの必須条件ではないかと思います。たとえば今の私のパートナーは、店で買い物をしていて客という立場であっても、必ず「ありがとう」と言います。そこが好きなところです。私はそれを当然のように行う父の元で育っていますし、友人知人もそうなので、人として近しい人がやはり集まるのだろうなと感じます。
ぜひ、人の魂レベルを見極めて、良いパートナーを見つけてください。
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