Home 観光・エンタメ シニアがなんだ!カナダで再出発 一人でいる時

一人でいる時

takedasan
Illustration by RyokoI Love Coffee

始めて行った国や街の中を歩いていると「周りの人は私のことを知らないのだ」という意識がどこかにあり、それはある種の「自由」につながるようだ。一人旅をしている時に見知らぬ人に出会うと、普段の自分はどこかにおいて、なぜか優しい人懐っこい自分がいるのを発見する。

この自由な感覚は、新しい街に移住した時も同じだ。知らない人ばかりだから、周りを気にしなくていいのだと、前からずっとやってみたかったことを実行した。髭を生やしてみたのだ。勤めに出なくてもいいので毎日髭をあたる必要がなくなり、生えるがまま2、3日置くと、今はやりの無精ひげスタイルが出来あがった。テレビドラマ『Dr. House』の主人公になったようで悪い気がしない。ヒュー・ローリーのようにくっきりとしたかっこいい髭は生えないが、顎の部分はほとんど白髪で、鼻の下はごま塩色の髭が伸びてきた。髭を生えるがままにしておくというのは、退職した証ないしは自由を体現しているようでいい気分である。すっかり白くなった髭を見ていると、いつまでも若いと思っていた自分がすっかりシニアになってしまったことがよくわかり、そのままにしておく方が自然な気もする。

退職してカナダに移住した直後は一人でいるのが耐え難かったが、慣れてくるとこうした密かな楽しみも周りを気にすることなく出来ることがわかって、今では結構嬉しい時間になっている。私には今、お役所や銀行の手続きなどを除いて「絶対しなければならない」ということがない。することは沢山あるが、今すぐにしなくてもあまり大きな被害が出ないので、「明日でも良いな」と、せかつかなくなった。

1日が終わり、テレビの前に座ってカナダのCBCニュースとアメリカのNBCニュースを交互に見ながら早目の夕食を終えると、図書館で借りてきた映画のDVDをかけ、途中で休憩してキッチンに立って好物のポテトチップや、夏はすいかのスナックをとってくる。映画が終わって時間があるとYoutubeで懐かしい歌謡曲を聞いたり、ドリフターズの古いお笑いを見ていると、よく似たプログラムが右端のメニューに次々と現れ、それらをクリックしているといつの間にか夜中になっている。

 

[カナダで再出発]

武田 彰
滋賀県生まれの団塊世代。京都産業大学卒業後日本を脱出。ヨーロッパで半年間過ごした後シアトルに。在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務。政治経済や広報文化などの分野で活躍。ワシントン大学で英語文学士号、シアトル大学でESL教師の資格を取得。2013年10月定年退職。趣味はピックルボールと社交ダンス。