有能で孤独な男の心の軌跡
Ad Astra (邦題「アド・アストラ」)
ブラッド・ピット主演のSFスリラー大作。壮大な宇宙を背景に、アクションと人間ドラマのバランスが取れた秀作だった。
舞台は近未来。主人公は有能な宇宙飛行士、ロイ・マクブライド(ピット)だ。地球に宇宙からの強力な電力サージが襲いかかり、多くの死者が出て、地球は存亡の危機に陥る。原因は太陽系の果て、海王星にあるらしく、冷静沈着なロイがその原因探査を任命される。実は16年前、ロイの父である高名な宇宙飛行士、クリフォード・マクブライド(トミー・リー・ジョーンズ)は、地球外生命体探査「リマ計画」のために海王星に送られ、以来消息を絶っていた。クリフォード生存の可能性もあると聞かされたロイは、多くの障害が待ち受ける海王星へと旅に出かける。そして彼は、長い旅の中で、別れた妻(リヴ・タイラー)との記憶や断片的に残された父の映像などに触れながら、自らの生き方を振り返っていく。
圧倒的な映像美で魅せる海王星への旅が、なかなか独創的だ。月から火星を経由して海王星へという長旅である。月旅行は一般化し、空港も混雑しているが、資源をめぐり、月面では戦争状態という設定が何やらリアル。また、火星コロニーは荒れたムードで閉塞感もある。オリジナル脚本・監督を担当したジェームズ・グレイの生み出すユニークな未来像は、卓抜して飽きさせない。
そんな特異なSF背景の前面で描かれるのは、宇宙旅行の厳しさだ。次々と起きる船員とのトラブルや予期せぬ事態などがスリリングに描かれ、緊迫感が増していく。果たして、ロイは父を見つけ出すことができるのか。さらにその問いかけは、なぜロイが父にこだわるのかという疑問へと向かう。
勇敢な父に憧れて宇宙飛行士になったロイだが、あまりに任務に忠実だったために妻は去っていった。父もまた同じように地球外生命体の存在に固執し、家族からも地球からも遠く離れていった。独白を通して語られるロイの孤独と後悔、父への思いをピットが抑えた演技で演じ切り、作品に奥行きが生まれた。本作でピットのアカデミー賞ノミネートの可能性が見えた、そんな会心の演技だった。
SF好きは、「?」と思うような天体物理学的エラーがあれこれ気になるかもしれない。しかし、筆者はそれが作品自体を大きく歪めているとは感じなかった。本作で描かれた、有能で孤独な男の心の軌跡。それは1本の太い線で作品を貫いていた。
Ad Astra (邦題「アド・アストラ」)
写真クレジット:Walt Disney Studios/Motion Pictures/20th Century Fox
上映時間:2時間3分
シアトルではシネコンで、スタンダード、IMAX、RPXの3バーションを上映中。