人間と宇宙、何ひとつ省略されない本格SF映画
High Life (邦題「ハイ・ライフ」)
久しぶりに知的興奮を覚えるSF映画だった。こんな体験はアンドレイ・タルコフスキー監督の名作「惑星ソラリス」を観て以来かもしれない。脚本・監督はフランスのクレール・ドゥニで、アニエス・バルダ監督亡き後、フランスの女性監督を代表する名匠のひとりである。
舞台はブラックホールの探査に向かう宇宙船。乗員は死刑を免れることを条件に乗船した囚人の男女と女性科学者の9人。船内はこの科学者による生殖の人体実験が行われていた。
船内に暮らす赤ん坊と青年・モンテ(ロバート・パティンソン)のふたりだけでゆっくりと始まる冒頭。一体、この船内で何が起きたのか。彼の目的は?次第に明かされていく船内の過去。だが、その描写は断片的で、見る者に集中力を求めてくる。黙々と船内農園で働いていたモンテ、科学者・ディブス(ジュリエット・ビノシュ)の妄執とも思える生殖へのこだわり、性行為を禁止された若い乗員たちのための快楽ボックスなど異様な船内生活が描かれていく。長い航海と厳しい管理下、欲望、支配、妄執などに疲れた乗員たちがさまざまな事件を起こしていく。
本作の主眼は密室に閉ざされた人間の性と生殖の観察にあり、宇宙は単なる背景なのだろうか。いや、本作は本格的SF作品である。冒頭、孤独の中で宇宙をさまようモンテと赤ん坊のふたりは、新しいエネルギー源を求めて、ブラックホールへの突入を目指しているのだ。
前面で登場する人間たち、背後にある宇宙とブラックホール、それぞれに緻密に描きこまれ、何ひとつ省略されない世界が見事に構築されていく。その張り詰めた世界に目と心を奪われ、最後まで緊張が解けることがなかった。
ドゥニ監督は71歳。その一貫性と独自性を再認識した。アフリカのフランス植民地で12歳まで育った彼女の作品は、初期の「ショコラ」「ホワイト・マテリアル」など植民地や植民地体験を描いたものが多い。本作のタイトル「High Life」も、アフリカの言葉で白人入植者を指しているという。であると同時に、密室で性を管理された白人乗員たちの暮らしは奴隷同然である。白人入植者の子として、アフリカ人使用人に囲 まれ育った彼女の体験と見たものが、宇宙船という舞台で再構築されたのではないだろうか。自由を奪われるということ、孤独を生き抜くこと、その先の未来には何があるのか。彼女の問いかけは続いている。
High Life
(邦題「ハイ・ライフ」)
上映時間:1時間50分
写真クレジット:A24
シアトルではSIFF Cinema Uptown、AMC Seattle 10で上映中。