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都はるみ「好きになった人」 〜晴歌雨聴〜ニッポンの歌をさがして

晴歌雨聴 ~ニッポンの歌を探して Vol.10

日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。

第10回 都はるみ「好きになった人」

私は日本の古い歌謡曲や演歌を研究していますが、残念ながら、そのジャンルのコンサートに行ったことがありません。アメリカで暮らしているうえ、興味があるのは主に1960〜70年代の歌謡曲なので、日本の演歌歌手のショーに行く機会はなかなか持てないのが現状です。でも、もしタイムスリップすることができるなら、ぜひ行ってみたいコンサートがあります。都はるみの引退コンサートです。

歌唱力抜群で人気絶頂だった都はるみは、36歳で「普通のおばさんになりたい」と言って演歌歌手を引退してしまいます(その後、復帰しました)。そのラストコンサートが1984年12月30日に新宿コマ劇場で行われました。新宿コマ劇場と言えば、演歌の殿堂。多くの演歌歌手がショーを行った歴史的な劇場ですが、業績悪化と建物の老朽化により2008年に閉鎖されました。

この都はるみのラストコンサートをYouTubeで初めて見た時には鳥肌が立ちました。最後に1968年のヒット曲「好きになった人」を歌います。1968年の日本は、大学紛争やベトナム反戦運動などで社会的に不安定な時期にありました。そんな時世に好きな人と離ればなれになる辛さを歌ったこの曲が大ヒット。都はるみはラストコンサートの最後で「一緒に歌ってください!」と言ってステージを降り、客席を練り歩きながらこの曲を歌います。観客の熱気もピークに達し、ファンが投げかける紙テープが入り乱れ、次々と握手を求められ、会場は混沌した状態に。もはや、音楽のコンサートと言うよりも、何か原始的な宗教のお祭りのような雰囲気です。

私はこの映像を見て、当時の演歌歌手と熱烈なファンの関係は独特なものだと知りました。作家の中上健次は都はるみの大変なファンだったそうで、小説まで書いています。彼ももちろんラストステージを見に来ていて、駆け付けたほかの多くの歌手仲間や支援者たちと共にショーの半ばでステージにも上がっています。

あるファン文化についての研究記事で、アイドルとファンの関係を高校野球児とそのファンの関係になぞらえているのを読み、なるほどと思いました。アイドルは未熟でなくてはならず、そのファンは、親になったつもりで育てて見守るような関係を望むのだとか。都はるみのファンは彼女が16歳でデビューしてからずっと応援し続けてきた人たちで、中上健次もそのひとりです。そんなファンに向かって「さよならさよなら、好きになった人」と涙をこらえて歌って別れを告げる演歌アイドル、都はるみの姿をぜひライブで見てみたかったです。

坂元 小夜
横浜生まれ東京育ち。大学院進学のために2015年に渡米。2020年よりロサンゼルス在住。南カリフォルニア大学大学院の博士課程にて日本の戦後ポピュラー文化を研究。歌謡曲と任侠映画をこよなく愛する。