晴歌雨聴 ~ニッポンの歌を探して
日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。
第29回 中島みゆきの宇宙
YouTubeでの視聴が当たり前となり、Spotifyなどの音楽ストリーミング・サービスも登場したことで、音楽との出合い方は多様化しています。検索して該当する動画やプレイリストを再生し続けると、元の検索からAIが推測した関連音楽が自動的に再生されます。自分が気に入る可能性が高い曲をリストアップしてもらえるのはとても便利だと思いますが、一方で、以前よく聴いていた懐かしい曲に偶然「再会(再聴)」する可能性となるとどうでしょうか? 時間的な隔たりもあり、自動再生機能でヒットする可能性は低いような気がします。
実は最近、とてもうれしい出合いがありました。日本人が多く住むカリフォルニア州トーランスに、BOOGIE MARU SOUNDSという、日本の音楽を中心に扱うレコード・ショップがあると友人から聞き、初めて訪れた時のことです。ふと目に入ったのが、中島みゆきの「寒水魚」というアルバム。両親の音楽コレクションにあったので、中島の曲は子どもの頃からよく聴いていました。収録曲を見てみると、普段からカラオケで歌っていた「悪女」が1曲目だったので、迷わず購入。原曲を聴いたのはもう10年以上前になりますが、レコードで「悪女」を聴いた瞬間、懐かしさが込み上げてきました。当時、小学5年生で転校した頃の記憶がたちまちよみがえり、また、その歌詞にある「ほろ苦い大人の恋愛」に憧れた気持ちまで思い出します。悪女が入っているレコードのA面だけを10回以上連続で聴いてしまいました。
「寒水魚」は1982年に発売された中島の9作目のアルバムです。「悪女」はシングル・バージョンとは違うアレンジで、ロック色が強調されています。アレンジが違うのにこんなに懐かしさを感じるのは、その独特の世界観と歌詞の持つ力だと思います。中島は1975年にデビューし、70歳となる現在も素晴らしい曲を作り続けています。近年はテレビドラマの主題歌として採用されることも多く、幅広い世代に親しまれています。私が個人的に好きなのは中島の初期作品に多い、物語性のある切ない恋の歌。「悪女」もそうですが、「かなしみ笑い」(1980年)や「あの娘こ」(1983年)など、片思いのやや自虐的な歌詞に人間味があって魅力を感じます。初期の頃から歌詞ににじみ出ていたその人間性は、歌手本人と共に成熟し、人生や故郷など大きなテーマを持つ90年代以降の代表曲へと引き継がれています。
年輪を刻みながら懐の深さが加わり、独自の宇宙観を作り上げている中島の音楽。ネットを通じてたまたま聴いたのではなく、自ら足を運んだレコード店で出合えて良かったな、と思いました。しばらくはこのレコードで中島みゆきの宇宙を堪能するつもりです