晴歌雨聴 ~ニッポンの歌をさがして
日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。
第37回 大阪ブギウギ
日本へ一時帰国中、大阪を訪れた時のこと。私は東京出身で、関西方面にはこれまであまり縁がありませんでしたが、そのにぎやかさには圧倒されました。大阪駅の地下街は広大な迷路のようで、いくつもの駅ビルに隣接していて買い物客の熱気にあふれ、商業都市ならではのエネルギーを感じます。ほんの短い時間に数カ所しか立ち寄っておらず、大阪について深く語ることはできませんが、よその土地からの通りすがりだからこそ見える大阪の風景もまた、大阪らしさの一面。「歌は世につれ、世は歌につれ」と言うけれど、「歌は場につれ、場はまた歌につれ」でもあるなぁ、としみじみ思います。
その「場」を作るのは、やはり人。つまりは歌が人を作り、人が歌を作るとも言い換えられるかもしれません。大阪の街が持つ独特の雰囲気、そして行き交う人々が大阪の歌を作り、また大阪の歌が大阪という場所を彩ってきたんだ、と改めて気付かされます。
今回紹介したいのが「大阪ブギウギ」。「東京ブギウギ」の陰に隠れがちですが、同じ1948 年に発売されたご当地ブギの大ヒット曲です。「東京ブギウギ」と同様に、大阪出身の作曲家、服部良一と大阪育ちの歌手、笠木シヅ子の名コンビにより生まれた大阪ソングの金字塔。「ほんにそやそや そやないか」と痛快な大阪弁で始まる歌詞は大阪の名所を列挙し、服部のブギのリズムが堪能できます。
1950 年に発売された「買物ブギー」もまた、歌詞の「わてほんまに よう言わんわ」が印象的な、大阪ソングの代表格。この曲は服部が上方落語の演目「無い物買い」にヒントを得て作ったとか。このように大衆芸能の息吹が感じられるのも大阪ソングの特色です。
一方、「道頓堀 人情」は1985年に大阪育ちの歌手、天童よしみによって歌われヒットしました。「人情」という言葉は大阪ソングのキーワード。この曲の特徴は女の意地や根性、心意気を歌う歌詞にあります。歌謡曲によく表現される北国の「待つ女」のイメージに対して、大阪ソングは女性の情け深さを歌い上げます。そんな女性像は、大阪で大きく発展した近松門左衛門の浄瑠璃劇、「曽根崎心中」や「心中天網島 」にそのルーツを見出すことができます。
「大阪ブギウギ」も「道頓堀人情」も昭和の大阪を描いた名曲。時代と場所の深い関係は、少し時を置くとよく見えてくるものです。歌によってその土地の「令和」という時代性が見えてくるのは、もう少し後になりそうですね。