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ポピュラリティ/愛を求め続けた孤独な天才『ボヘミアン・ラプソディ』

Bohemian Rhapsody
(邦題「ボヘミアン・ラプソディ」)
上映時間:2時間14分
写真クレジット:20th Century Fox
シアトルではシネコンなどで上映中。

公開以来、米国でもヒットはしたが、日本では公開後から観客数が右肩上がりで、異例の大ヒットだという。50代の観客が多い。いや、クイーンを知らなかった20代の観客も多い。6回以上観ている人がたくさんいる。筆者も公開直後に観たのだが、また観たい衝動に駆られる。なぜなのだろう?

伝説のロックバンド、クイーンの伝記映画というより、天才音楽家であるフレディ・マーキュリーの短い生涯を描いた作品である。正直なところ、映画作品としてあまり上出来とは言えない。70年代の英国で、インド系移民でゲイだったフレディが受けた差別と父との確執、成功後の音楽的選択をめぐるレコード会社との対立、そして、その後のフレディが託った孤独などが描かれていくのだが、表面だけサラーッとひとなでしたという印象は否めない。フレディの苦悩はこんなものではなかったろう、ちゃんと描いて欲しい、という不満は残るのだ。だが、それ以上にまた観たくなる。クイーンの楽曲が持つ、誰をも引き付けるポピュラリティと、どこかしら通底する気がした。

クイーンが活躍した70年代、彼らは特異な存在だった。75年に発表された「ボヘミアン・ラプソディ」は、ロックにバラードやオペラを組み込んだ6分の楽曲ということでマスコミや批評家は酷評したが、予想外の大ヒット。批評家の評価などを超えて、聴く者を捉えていく圧倒的な音楽性と大衆性、リアルタイムでクイーンを聴いた世代が、50代60代になってもまだ胸を躍らせて聴ける楽曲の数々、それがクイーンの魅力だ。

楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞は辛く難解だが、この曲を聴いたことのある人は全世界にいる。難解とポピュラリティ、ロックなのにエモーショナル、その落差はフレディ・マーキュリーという孤独な天才の持つ二面性にも通じる。自分のセクシュアリティーを隠し続けるという孤独を抱えながら、パワフルなステージ・パフォーマンスで観客を魅了。自分らしさを全開放し、ポピュラリティ/愛を求め続けたフレディの生き方が、まさにステージ上にあったのではないだろうか。だからこそ、本作のステージ・シーンは圧巻、また観たい衝動に駆られる理由なのだ。

フレディを演じたラミ・マレックの神がかり的演技をまず特筆したい。専門コーチをつけ、1年をかけてフレディの体の動き、パフォーマンスを学んだというが、何度もフレディが画面上にいる錯覚を持った。本作成功の80%は彼の演技によるものと言って良いだろう。彼はこの役でゴールデングローブ主演男優賞に輝いた。

実はエンディングで落涙して「まさか、クイーンで泣くなんて」と驚いた。ロックにエモーションを持ち込んだのがクイーンだとすれば、日本的感性と水脈が通じ、それが日本での異例のヒットにつながったのではないだろうか。ハードコアなクイーン・ファンには不満の残る本作だろうが、クイーンを知らない世代にこのバンドの素晴らしさを見せつけた功績は大きかったと言える。

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。