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母を見送る 『Mia Madre』

『Mia Madre』
(邦題『母よ』)

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©Music Box Films

良いことなしの最悪の状態でも、目を開けば人生には必ずおかしみも喜びもある、そんなささやきが聞こえてくるような映画だった。
マルゲリータ(マルゲリータ・ブイ)は映画監督。新作映画の撮影中だが、入院した母アーダ(ジュリア・ラッツァリーニ)の容体が思わしくない。恋人とは別れたばかりで、元夫と暮らす娘も反抗的。頼りになるのは、仕事を辞めて母の看病をしている兄ジョヴァンニ(ナンニ・モレッティ)だ。問題山積の撮影現場と病院を行き来する生活の中で、母の容体は徐々に重くなっていく。
責任ある仕事を抱え、最愛の母の死を覚悟しなければならなくなった主人公の波打つ心の動きを描きだしたイタリア映画だ。厳しい試練に直面した女性の物語だが、米国人俳優バリー(ジョン・タトゥーロ)の愛嬌のある傍若無人ぶりがコミカルで、重苦しさを感じることがなかった。バランスある巧みな演出だ。
監督は兄を演じたモレッティで、しばしば自作品に俳優として出演する。初期作品はコミカルで突飛な演出が目立ったが、本作ではそんな特質が落ち着いた彼らしい作風として定着した感がある。本作でカンヌのエキュメニカル審査員賞を受賞した。
忙しいマルゲリータの日常の中に、過去の出来事や夢を差し込んでいくのでやや混乱するが、次第にそれが主人公の均衡を失った心の状態なのだと合点がいく。こんな状態で映画一本を完成させるなんて並大抵なことではないはずで、よく耐えていると感心させられた。
きっとモレッティ監督の自伝的な内容なのだろう。主人公が女性になったことで感情体験が豊かに描かれたように思う。大人の色香があり、癇癪持ちだが芯が強い、弱さと強さを併せ持つマルゲリータを、ナチュラルに演じたブイの名演が本作の見どころと言えるだろう。この役でイタリアのアカデミー賞、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀主演女優賞を受賞した。
悲しみと虚脱、納得と安堵……。彼女の顔を映すラストシーンは、観るものの心を豊かに満たしてくれた。

シアトルは9月9日からSeven Gables Theatreで上映開始予定。
上映時間:1時間47分。

[新作ムービー]

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。