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大きな余韻の輪が心に広がる 『Moonlight』

『Moonlight』

©A24

マイアミでも貧困と犯罪が集中するリバティ・シティを舞台に、麻薬中毒のシングルマザーを持ったアフリカ系少年が、多くの困難をへて自己を見出す姿を詩的に描き出した作品。タレル・マクレイニーが書いた半自伝的戯曲を、同じ町で育ったバリー・ジェンキンスが脚色、監督し、本年度のアカデミー賞で8部門にノミネート、授賞式では発表間違えというドラマをへて作品賞を受賞した。低予算、独立系で製作された作品として快挙と言えるだろう。

物語は3部構成。その1は主人公の小学生時代。痩せて内気なシャロン(アレックス・ヒバート)はいじめの標的。ある時、母(ナオミ・ハリス)が麻薬を買っているディーラー、ファン(マハーシャラ・アリ、本作で助演男優賞受賞)に助けられ、以来穏やかにシャロンを導く彼が父のような存在となり、彼と彼のガールフレンド(ジャネール・モネイ)の家がシャロンの避難場所となる。

ティーン時代、シャロン(アシュトン・サンダース)へのいじめはエスカレートし、母の中毒もかなり進み、家は荒んでいた。そんな彼には心を許せる親友ケヴィンがいたが、彼への思いは友情以上のものだった。

青年となったシャロン(トレバンテ・ローズ)は麻薬ディーラーになっていた。ある夜、思い立って高校以来会っていないケヴィン(ジャハール・ジェローム)に会いに行き、彼への思いを伝える。

シャロンの成長の軌跡は、鬼の形相で罵倒する母や容赦のないいじめと暴力、ゲイの自覚とその孤独を生き抜くことであった。ジェンキンス監督はその厳しさを、ニコラス・ブリテルの美しいバイオリンの音色と、色彩豊かな映像を通して描き出していく。残酷なリアリティの美化? 否、そんな惨さの中でも、決して壊れなかったシャロンの魂の強さを描こうしたのではないだろうか。あまり似ていない3人の俳優がシャロンを演じていたが、それぞれの瞳に込められた魂は一つだった。監督は3部構成にした着想を侯孝賢監督の『百年恋歌』から得たと言っている。

最後にシャロンがケヴィンに伝えた彼の真実。その痛々しさに強く胸が打たれ、見終わって大きな余韻の輪が心に広がった。かつて、ゲイの少年が成長する姿をこんな風に描いた作品があっただろうか。『Fence』と対をなす2016年を代表する傑作として本作を推薦したい。

上映時間:1時間51分。
シアトルはSundance Cinemas Seattleで上映中。

[新作ムービー]

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。