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「ファースト・カウ」リアルなアメリカの開拓史

注目の新作ムービー

リアルなアメリカの開拓史

First Cow
邦題「ファースト・カウ」

夏に予定されていた大作や話題作の公開が次々と延期となり、映画館で映画を鑑賞するという楽しみが遠のいていく。最近はスマホで映画を観る人も多いようだ。ミステリーの犯人探しや恋の行方、刺激的なホラーなど、ついつい引き込まれてしまうメリハリの効いた映画なら画面が小さくても楽しめるのだろう。映画は映画館で観なくては意味がない、とは思わないが、本作をストリーミングで視聴しながら、この映画こそ映画館で観たかったなとコロナを恨めしく思った。

ケリー・ライヒャルト監督の最新作だ。90年代から米国で一貫としてインディーズ映画を撮り続けている女性映画作家のひとりで、「ウェンディ&ルーシー」や「ミークス・カットオフ」など作品への評価は常に高い。

本作の舞台はオレゴン、時は1820年代の西部開拓時代である。気の荒い毛皮ハンターたちの中に紛れ込んだ気の優しい料理人であるクッキー(ジョン・マガロ)は、ある時、ロシア人に追われていた中華系移民のルー(オリオン・リー)を助ける。ふたりはそれぞれに商売を始めて成功する夢を語り、互いに助け合いながら友情を育てていく。そんな頃、開拓地の地主が良いミルクを出す牛を購入。それを知ったルーはクッキーに、牛のミルクを使い、うまいもの作って売ろうと持ちかけ、ふたりは夜中にこっそり牛の乳搾りに。案の定、クッキーの作った菓子は開拓地で飛ぶように売れ、ふたりは小金を貯めていく。しかし、そんなことは長く続かない。

導入部が良い。時は現在で、骸骨の頭を見つけた若い女が手で土を掘り起こすと、仲良く並んだ2遺体が現れる。このふたりに何が起きたか? そんな謎から始まるのだ。しかし、本作に謎解きのサスペンスはほぼ皆無。物語はキノコを採ったり木の実を潰したり、川で洗濯したり、そして優しく牛に語りかけながら乳を搾る男たちの姿を淡々と追っていくだけなのだ。

本作をスマホで観ていたら、飽きてしまう人がいるかもしれない。だが、もし映画館で観たらどうか。深い森のヒンヤリとした空気感や木々の香り、夜の静けさなどを堪能することができただろう。そして、荒くれたハンター、パン屋を夢見たクッキーと、無一文から必死に何か生み出そうとした移民、そんな彼らをじっと見つめる先住民、そうした人々の総体がアメリカという国を作ってきたのだという本作のテーマらしきものが見えてくるはずだ。

かつての西部劇映画ならヒーローの脇役と相場が決まっていた人々を主人公に、リアルなアメリカの開拓史を意欲的に描いた本作。静かな大作と呼ぶにふさわしいと思う。

First Cow
邦題「ファースト・カウ」

再生時間:2時間2分

写真クレジット:A24

Amazon、Vudu、iTunesなどで視聴可能。

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。