こくさいりかい(前編)
退職して7年近く経った今、仕事関係のことをあまり思い出さなくなったが、成功談の一例が記憶によみがえった。現役時代、私は在シアトル日本国総領事館「広報・文化」班の現地職員として、日本からシアトルに駐在する外交官たちの任務を手伝い、地元の事情やニーズに合わせて効果的に事業を実施できるようサポートした。具体的には、日本事情や政府・総領事館の職務を管轄内一般に広報するほか、歌舞伎などの芸能、芸術、日本食、将棋やアニメなどの大衆娯楽を米国民に紹介し、日本文化に接する機会を提供することで日本への理解を目指すのがわが班の仕事だ。
実施した多くの事業の中で覚えている成功例は、30年以上前、日本の宮城会本部から琴奏者がシアトルに来訪した時のこと。シアトル支部を通じて総領事館の支援を求めてきた。私は、日本の伝統音楽を限られた予算でどうしたら地元の人たちに紹介できるかと考え、ふと当時のノースウエスト室内管弦楽団に日本人の常任指揮者がいたのを思い出した。なじみはなかったが、早速彼に連絡を取ると、そこは総領事館、即信用してもらえたようで、面談に応じてくれた。演奏予定曲目に「春の海」など季節に関係した曲があるのを見た彼のアイデアで、同楽団がビバルディの「四季」を演奏する2部構成の「東西四季比べ」を提案。これは面白いと実現へと向かった。
同楽団が常会場にしているムーア・シアターの1,800もの客席が埋まるか不安はあったものの、同楽団の顧客メーリング・リストを通じて非日系コミュニティーにも宣伝が行き渡ったことに加え、わが班の広報努力が功を奏してか、当日はほぼ満席。琴奏者5人が静かな響きで美しい琴の音を奏でると、「静」の後の「動」とばかりに大勢の楽団の演奏が違った響きの「四季」で応える。「これぞ音楽東西比較」と、万感胸に迫る経験をした。
客席には日本について知識や関心が全くないか少なかったかもしれないシアトル住民がほとんどと想像すると、ひょっとしてこの機会に琴や伝統音楽、日本文化に興味を抱く人たちがいたのではと、総領事館の役割は務まったものと確信した。起案当初、楽団側は会場費、広報などの諸経費、チケット販売を受け持つ代わりに損益は全て彼らが受けるとした。そして宮城会奏者のシアトル訪問にまつわる諸経費は同会側持ちで、総領事館は多少の広報費などを受け持つのみ。少額支出でかなりの効果が得られると踏んでいたが、結果的に楽団側も6,000ドル以上の利益を上げることができ、とても喜んでもらえた。手前味噌になるが、いろんなチャレンジや失敗を乗り越え、自分たちが仕掛けた事業に多くの人が来てくれたのを目撃し、これぞ現地事情を知る職員ならではのインプットが役に立ったと、わが現役時代のハイライトのひとつになった。