17 年半前、シアトルの旧友スティーブとコロンビア川沿いをドライブしていた時に、ふとペットショップに立ち寄った。10匹ほどの子猫がいるオリに近づくと、シマ模様の一匹が私に駆け寄ってくる。数年前に愛猫が他界して以来、もう猫は飼わないと心に決めていた私だが、スティーブが「こんな子を捨ててはおけない」と言い張るものだから、つい決心が揺らいでしまった。おでこに富士山のように白く尖った模様があることから「フジ」と名付け、段ボールの箱に入れて連れ帰った。
それから2年後、フジは3週間ものあいだ行方不明になった。ほうぼう探しても見つからず諦めかけていた頃、ハウスメイトが向かいの家のおばあさんと車庫の前で立ち話をしていたら「ミャー、ミャー」と鳴き声がする。ガレージを開けるとドアの上からフジが飛び出した。帰還したフジは少し痩せていたが、元気に水をがぶがぶ飲んだ。
おそらくガレージの天井の棚に乗ったものの降りることができなくなったのだろうと皆で推測。この隣人はめったに車に乗らないので、ガレージを開けることは稀だったらしい。でも飲まず食わずで一体どうやって3週間も生きられたのか。
6年前には、シアトルで勤務しつつ、退職後移住するために3年半かけてやっと取ったカナダ永住権を維持するため、BC州のホワイトロックに毎週末通い始めた。それから3年以上もの間、ペットキャリーに入って片道3時間の車の旅を文句も言わずについて来てくれたフジ。生まれつき心雑音を持っていたにも拘らず、病気もせずに良き伴侶でいてくれた。
ところが半年ほど前、急にフジのおしっこの量が増えた。診断に行っても目立った病気は発見されず、苦しむ様子も見せないまま数カ月が経った。やがて砂箱以外でおしっこをしだし、尿道炎と膀胱炎にかかっていたことが分かった。2度にわたる抗生物質投与の甲斐もなく、徐々に弱っていくフジ。苦しむ前に安楽死させようとずっと前から決めていたが、いざとなると気が引ける。さんざん迷った挙句、ついに獣医に電話をかけた。少しでも安らかな最期を迎えられるように、獣医に家まで来てもらう。注射を受ける時はフジを抱きしめていたかったが、医師からフジの身体を抑えているようにと指示されてしまった。フジは静かに眠りについた。
火葬場にて、ジェームズが段ボールを白い和紙でおおって作ってくれた棺の中で、冷たく横たわるフジと再会。美しい毛並は生前のままなのに悲しそうに眼を閉じている。別れを告げて自分でオーブンに入れた。スティーブの提案で、フジの灰はすぐ近くの公園の「藤」の苗木の根元に撒くことにした。この藤の木は我がコンドの真下にある。スティーブが近々バンクーバーを訪れた折に一緒に行こうと言ってくれた。
[カナダで再出発]