4月にオンライン開催された「第47回シアトル国際映画祭(SIFF)」では、3つのカテゴリーで合計25の力作が賞を勝ち取りました(www.siff.net/news/siff-2021-award-winners)。そのうち、観客の投票により選ばれるゴールデン・スペース・ニードル賞を受賞したのは以下の4作品でした。そして今回、私が個人的に注目したのは、「ポテト・ドリームズ・オブ・アメリカ(Potato Dreams of America)」です。受賞作と合わせ、今年観たい映画リストの参考にしてみてくださいね!
ゴールデン・スペース・ニードル賞
■最優秀作品賞
「悪は存在せず(There Is No Evil)」ドイツ、チェコ、イラン/2020
独裁政権下で、個人の自由をテーマに4つのショート・ストーリーが繰り広げられる。本作は2020年のベルリン国際映画祭でも最高賞を獲得。監督のモハマド・ラスロフは、その反体制的な思想を理由にイラン政府から出国を禁止され、受賞式に参加できなかったなどのエピソードも残す。人間の尊厳を問う話題作。
■最優秀ドキュメンタリー賞
「フー・ウィー・アー:クロニクル・オブ・レイシズム・イン・アメリカ(Who We Are: A Chronicle of Racism in America)」アメリカ/2021
アメリカ自由人権協会(ACLU)の法務部長であるジェフリー・ロビンソンが、「アメリカは人種差別をすでに克服している」という偽りの認識を、人種差別の歴史を追いながら辛辣に紐解く。作品のオフィシャル・サイト(https://thewhoweareproject.org)では、フー・ウィー・アー・プロジェクトによるポッドキャストも公開している。
■最優秀短編作品賞
「マイ・ネイバー・ミゲル(My Neighbor, Miguel)」アメリカ/2021
73歳のミゲル・ガティアーズは、サンフランシスコに住むアーティストで活動家。彼の生み出す作品は、ゴミと不用品からできた彫刻やコスチュームだ。HIVのサバイバーでもあるミゲルが、自らの人生を振り返る、13分間のドキュメンタリー。
■レナ・シャープ女性監督最優秀賞
「すばらしき世界(Under the Open Sky)」日本/2020
直木賞受賞作家・佐木隆三が、実在の人物をモデルに描いた小説『身分帳』を原案に描かれる、元殺人犯の人生再出発エンターテインメント。人生のレールを踏み外した男が直面する、社会復帰の難しさをあぶり出す問題作。同作はシカゴ国際映画祭でも観客賞と最優秀演技賞(役所広司)を受賞しており、アメリカの映画祭3冠となった。
勝手にレビュー!マイノリティーの人々が抱える心の葛藤
「ポテト・ドリームズ・オブ・アメリカ(Potato Dreams of America)」アメリカ/2021
私は、主人公が少年の映画に大変弱い。「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」(1985)に始まり、「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988)、最近で言うと「ジョジョ・ラビット」(2019)なんかもそうだが、気付いたらみんな若い男の子のストーリー。
SIFFに参加している映画の多くは、ワールド・プレミア、もしくは先行上映のため、事前に情報を収集することがなかなか困難である(特に日本語のレビューなどは皆無)。なので、どれを観ようかとかなり悩んだ。「ポテト」の付くタイトルがかわいいな、くらいの気持ちで、特に期待感もなく観始めたのが、このダーク・コメディー作品。ウェス・ハーレイ監督自身の「99%本当」のストーリーだ。
時は1980年代、ロシアがまだソビエト連邦(USSR)だった頃。「ポテト」の愛称で呼ばれる少年は、刑務所勤務医として働く母親のエレナとふたり暮らし。生活費を切り詰めて購入したカラーテレビに映るのは、夢と自由の国、アメリカだった。貧しい生活、厳しい労働環境に限界を感じたエレナは、豊かな生活を求め、シアトル在住の中年男性、ジョンと結婚を前提とした文通を始める。そしてついに、親子はアメリカで人生の再出発を遂げる。けれど、ポテトは大きな悩みを抱えていた……。
USSRでのシーンは全て、舞台劇のようなセットで繰り広げられる。ほぼ実話なので、ハーレイ監督の移住後の地元はシアトルであり、撮影はキャピトルヒルやクイーンアンなどで行われていたようだ。ハリボテのセット(USSR)から現実(アメリカ)への切り替えがあからさまだが、とても腑に落ちるやり方。同じタイミングで、主演の俳優をそっくり変えちゃったのにはびっくりしたが。
共産主義で育てられたポテトが思い悩んでいたのは、自分が同性愛者だという事実だ。憧れの国に住んでも自分は別の国から来たよそ者で、しかもゲイ。ところがもっと長い間、己の性に関して苦しんできたのは、保守主義で厳格に見えた義父のジョンのほうだった。
ふたりがそれぞれの告白をきっかけに心を通い合わすようになる、なんてシーンは特にない。けれど、全く異なった世界で生きてきた彼らが、似たような苦悩を抱えている。それは、どこにも理想の場所なんてないということを物語っているように感じた。家族が、国が、世界が変われば何もかもうまくいくのに……。そんな期待をしてはいけないのだ。いつでも前向きに、現実を強く踏みしめて生きてきたエレナだからこそ、同性愛者の息子も、トランスベスタイトである夫も受け入れることができたのである。
どんな時代背景、国にいても、人は悩み、その解決策として周囲の人や環境に変化を求めることがある。ただ、どこにいたって、誰といたって、自らを認められなければ何も始まらない。マイノリティーの人々が抱える心の葛藤を軽快なテンポで描き、低予算の手作り感ある映像がより深い印象を与える、今こそ観て欲しい映画のひとつ。何と言っても、ポテト少年はやっぱりかわいい!