新作ムービー
独身者は生きていけない?
『The Lobster』
(邦題『ロブスター』)
もしも社会が独身者の存在を許さず、カップルであることを強要するとしたら? そんな仮想世界を舞台とした物語。去年のカンヌ国際映画祭で審査員賞
を受賞した。SFっぽい設定を通して、ピュアなロマンスが描かれる異色中の異色、奇作コメディである。
時は近未来か。妻に捨てられたデイヴィッド(コリン・ファレル)は、あるホテルに送られる。ホテルには独身の男女が宿泊しており、それぞれ45日以 内に伴侶を見つけないと自分の希望する動物に変えられてしまう。支配人らの厳しい管理下で伴侶探しをするデイヴィッドだったが、ある事件をきっかけ にホテルを逃げ出し、森で隠れて暮らす独身者のグループに身を寄せる。グループのリーダー(レア・セドゥ)は、彼にグループ内の恋愛禁止を伝えて仲 間入りを許すが、森の生活を続ける中で仲間の女性(レイチェル・ワイズ)に恋心を抱いてしまう。
監督・脚本はギリシア人のヨルゴス・ランティモスで、彼の前作『籠の中の乙女』同様、特異なルールを強要される生活環境を舞台に、その中で人間がど のように振るまっていくかを追う、どこか動物観察風の作品だ。
主人公らの感情から距離を置きながら、脱力系ユーモアとギョッとする残酷さ、機能的なセックスなどを盛り込んだ物語が、ユルユルしたテンポで展開す る独特の映画世界。ワイズのモノトーンなナレショーンと、単純でドラマチックな音楽が仮想世界の輪郭を際立たせて、前作より見やすい作品にはなって いるが、好みが大きく分かれるタイプの映画であることは確かだろう。
前半の起床から食事まで管理され、監獄で暮らしているようなホテル生活の珍妙さ。しかし、宿泊者らはさして不自由を感じる風でもなく、主人公が親し くなる二人の男(ベン・ウィショー 、ジョン・C・ライリー)らも極めて従順。伴侶探しに疑問や反抗心を抱かない。この感じは森の生活でも変わら ず、従順に独身者の規則を守っていこうとする。そんな中で恋をした二人は「反逆者」ではあるのだが、これまた実に大人しい反逆者で、ヒソヒソとコソ コソと愛を育んでいく。この様子には工夫があって、おかしみがあった。
ランティモス作品を見ていると、「人は厳しい管理を強要されることで、思考能力の一部が壊わされるのでは?」と思わされるが、強要された従順には必 ず破綻が生じる。自己と自分の感情を自覚した時、従順は崩れていくのだ。本作が奇妙な語り口を通して伝えていることは、実にまっとうなことだった。 このような映画と出会えることは、映画好きにとって僥倖と言えるのではないだろうか。
上映時間:1時間58分。シアトルは20日からSundance Cinema Seattle で上映中。
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