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鯨に食われたドラマ 『In the Heart of the Sea』 (邦題『白鯨との闘い』)

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1851年に出版された、米文学を代表すると言われる『白鯨』は、どのようにして書かれたのか。そして『白鯨』のモデルとなった米国捕鯨史上最悪の海
難事故はどのように起き、乗組員たちはどのような体験をしたのか。本作は、事件の全容を再現して2000年の全米図書賞を受賞した歴史家ナサニエル・フィルブリックの同名の著書(邦題『復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇』)の映画化である。
物語は、『白鯨』を書いたハーマン・メルヴィル(ベン・ウィショー)が、1820年に起きた事故から30年後、唯一の生存者であるトマス(ブレンダン・グリーソン)を訪ねるところか始まる。酒浸りで、事件については誰にも語ったことのなかったトマスは、メルヴィルの懇願を受けて重い口を開き、悪夢のすべてを初めから語り始める。彼の話の中心にいたのは当時14歳だったトマス(トム・ホランド)が敬愛した一等航海士のオーウェン・チェイス(クリス・ヘムズワース)だった。
経験豊かなチェイスと捕鯨未経験の船長(ベンジャミン・ウォーカー)の対立から、巨大なマッコウクジラに襲われ船が沈没。3カ月以上も漂流を余儀なくされ、船員らが死亡した仲間を食べた、という厳しい生存体験が順次描かれていく。しかし、これが問題だった。最初から最後まで省略なしに事件の顛末が描かれているために、冗漫で陰鬱な印象なのだ。原作に忠実に描いたのかもしれないが、ヤマ場に欠け、漂流する船員らを追いかける鯨の不気味さの演出も盛り上がらず、一体何を描こうとしたのか掴みかねた。
監督は『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞受賞、『アポロ13』や『ダ・ヴィンチ・コード』など秀作、ヒット作の多いロン・ハワード。実在した事件を描くことを得意としたハリウッドのベテラン監督なので首を捻ってしまった。彼は、無残な事件を経て深く傷を負った男たちのドラマとして本作を描くつもりだったのではないか。英国の実力派俳優を配した理由、鯨があまり登場しない理由もそこにあったのだろう。だが、鯨の巨大さと力強さを表現する場面がダイナミックで、船員らをのせた小舟の下を泳ぐ鯨を捉えた俯瞰のシーンなどは見応えがあり、鯨にドラマが食われた感は否めない。怒り狂い、人を襲う鯨という設定も、多くの鯨を殺して高価な鯨油を採取した19世紀の捕鯨者らの心象の反映ではないか、という気がした。ホリデー・シーズンにはやや重く古めかしい物語ではあった。
上映時間:2時間1分。シアトルはシネコン等で上映中。[新作ムービー]

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。