健康な歯でスマイルライフ
日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。
虫歯の原因はミュータンス菌だけじゃない?
最近、虫歯の成り立ちに関して、とても興味深い事実がペンシルバニア大学歯学部とノースカロライナ大学チャペルヒル校歯学部の研究グループにより発表されました(Nature Communications (2023)14:2919)。今回は、歯科の教科書を書き換えるかもしれない、無限の可能性を秘めたこの最新研究を中心に書いていきたいと思います。
これまでの虫歯研究
長年のさまざまな研究により、虫歯の主な原因はミュータンス菌(S. Mutans)であるとされてきました。ミュータンス菌が糖質(主に砂糖)をエサにして、ネバネバした水に溶けにくいグルカンという物質を作り、歯の表面に付着するというものです。
このグルカンは粘着性が強いため、多くの細菌がくっつき合い、大きな塊に成長していきます。これがプラーク(歯垢)です。プラークの中で、ミュータンス菌は砂糖を分解(代謝)して乳酸などを作ります。この酸によって歯の表面のカルシウムが溶け出し(脱灰)、やがて虫歯ができると考えられていました。
虫歯の原因菌の概念を変える
今回の研究では、3歳から5歳までの計 416人(男女、各208人)からプラークを採取し、虫歯の有無と、そこに含まれる細菌の種類や構造について、遺伝子解析およびイメージング解析という手法で調べました。そして、虫歯のある子どもに関連した細菌として、セレノモナス・スプティゲナ(Selenomonas sputigena)の存在が判明しました。
実際のプラークの構造においても、ミュータンス菌の周りにセレノモナス・スプティゲナが取り囲む像が多く見られました。セレノモナス・スプティゲナは、ミュータンス菌が作り出すネバネバ物質、グルカンの中に閉じ込められて動けなくなりますが、そのような環境下では細胞増殖をし、蜂の巣のようなカプセル状の構造を形成することがわかったのです。
セレノモナス・スプティゲナが与える影響
その知見を元に、実験用マウスや人間の歯の表面を覆うエナメル質を用いた細菌培養において、ミュータンス菌単独の場合、そしてミュータンス菌とセレノモナス・スプティゲナが共存した場合の違いについて比較検討しました。気になる結果ですが、ミュータンス菌単独の場合より、ミュータンス菌とセレノモナス・スプティゲナが共存した場合のほうが、プラークは密に形成。pH(ペーハー)の低い酸をよく産生し、脱灰によりエナメル質の表面を粗くすることが明らかになりました。
これらのことから、セレノモナス・スプティゲナという細菌は、自ら酸を作ることはないものの、ミュータンス菌が増えやすい環境を提供し、虫歯の重症化に大きな役割を果たしていると言えます。
まとめ
セレノモナス・スプティゲナは、虫歯の発生において重要な細菌でないとの位置付けでした。それが一転、虫歯の成り立ちに大きく関わっていることが確認されました。 将来、虫歯予防のアプローチを考えるうえで新たな手がかりとなりそうなセレノモナス・スプティゲナ。この細菌を少なくすれば、虫歯の発生を減らすことができるかもしれません。