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補聴器は慣れるまでに少し時間がかかる

数年前に右側に聴神経腫ができ、カリフォルニア州で除去手術を行った57才の男性の話をしよう。

聴神経は内耳から脳につながっており、耳で受けた音を脳に伝達する役割を担っている。その神経の上や周辺に腫瘍ができることがある。大半は良性だが、神経を圧迫したりすると耳鳴りがしたり、聴力が落ちたりする。
この方の場合、手術は成功したが除去手術で神経が傷つき難聴になったため、手術後すぐに補聴器の使用をすすめられ、右側の補聴器を買った。
装着したときから、ノイズがうるさいだけで役に立たないと伝えたにも関わらず、慣れていないだけだから使用を続けるように言われた。補聴器は医療器具なので購入後30日間は返品することができる。男性は補聴器のノイズがうるさ過ぎてどうしても使用し続けることができず、期限が切れる前に返品に訪れたが、努力や我慢が足りない、続けて使用するようにと言われた。結局、再度返品しにいったときには、期限が切れていると言われたそうだ。
当時の担当者の印象が悪かったため、男性はオーディオロジストに対して良い印象を持たなくなっていた。とは言え、腫瘍の再発防止のために1年間に1度は聴力検査を受けており、ワシントン州に引っ越してからも検査は続けていた。あるとき、担当したオーディオロジストからCROSの使用をすすめられた。
CROSというのは、彼の場合悪い方の耳に装着して、その装置が受けた音を聞こえる方の補聴器に送るというもの。担当オーディオロジストは患者がすでに持っていた右側の補聴器を左側で使用できるように調節して、右側の CROSと連動するように設定した。しかし左側の聴力はほぼ正常だったため、 数回装着しただけで使用しないまま2年が過ぎ、担当オーディオロジストが他州に移ったことから、検査のため当院を訪れることになった。
当院でも補聴器の話になり、再度試してみたいと依頼を受けた。彼は数社の大企業で役員をしていたが、騒々しい場所での会話に限界を感じてすべての役員を退任し、現在は自宅で経営コンサルタントをしている。それでも海外の企業とのやりとりが主で、海外出張も頻繁にあるため、その度に聞こえないという不便を感じていた。また、家族との会話は問題ないと言いつつ、自宅内で自分の空間を作って孤立した状態にしていた。
彼の補聴器は4年と2年経っていたが、新品同然。ノイズをできる限り抑えるように設定し直した。室内でのテストは上々のようだった。これからは1日2、3時間、毎日装着するようにお願いした。そうしないと脳が補聴器を通して聞く音に慣れず、必要なときに使いこなせないからである。今回は彼からやってみたいという意思表示があったので、がんばっ
て試してくれることを期待している。
補聴器は慣れるまでに少し時間がかかる。耳の中に何か入っている違和感や、音が不自然に思えたり、今まで聞こえていなかったものが一挙に脳に入ってくるための疲れなどがある。それでも、もっと聞こえるようになりたい、今のままでは困るという気持ちが強くなって短時間でも毎日着けていると、気付いたら生活の一部になっていたという状態になってくる。そこに辿りつけるように、これからも患者さんのお手伝いをしていきたい。

[耳にいい話]

真宮 杏奈
ワシントン州と米国認定のオーディオロジスト。ワシントン大学で Speech and Hearing Sciences: Communication Disorders で学士号、Doctor of Audiology プログラムで聴覚博士号を取得。2012年にPAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) を開業。 PAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) 1605 S. Washington St. Suite 6, Seattle, WA 1370 116th Ave. NE, Suite 201, Bellevue, WA ☎ 425-455-0526