41歳の男性のお話をしよう。3年前から徐々に聞こえにくくなってきているようで、最近では仕事にも影響してきたと感じるようになり、聴力検査と補聴器の試聴を受けに来院した。
3年前に公務員の仕事を辞めて別の仕事に就いたが、ストレスが溜まり、この3年間で仕事を3度も変えることになった。現在の職場は、労働意欲を高めるためのトレーニングを社員に提供しており、今のところ仕事は楽しいようだが、トレーニング中の会話や質問が聞き取りにくいため、自分が的を得た回答をしているのかいつも不安だと言う。同じく3年前に片方の肩に大怪我をしたため運動ができず簡単な動きも制限されており、仕事のストレスも加わって3年間で体重が100ポンド増えた。最近ようやく運動してもよいという許可が出たので、運動を開始するのにあわせて、以前から気になっていた聴力もチェックしておこうと思ったのだそうだ。
この男性には、他人の言うことが聞き取れず、相手に何度も繰り返してもらったり、テレビの音が大きいと家族から言われたり、うるさいところで聞きづらくて困るなど、難聴の症状があった。しかし聴力検査の結果は予想を大きく外れて、両耳ともぎりぎり正常だった。正常値にも関わらず難聴の症状を訴えていたのだ。とりあえず補聴器を試してもらうことにした。音量は控えめに設定して、いろいろな状況で聞きやすさを確認したのだが、補聴器を介して会話をした方が楽だというのがよく分かった。例えば、大勢の人が話している状態で質問をすると、補聴器なしでは質問が聞き取れないのに、補聴器を着けた状態だと私が別の方向を向いて質問をしても難なく答えることができた。私の声がはっきりと近くに聞こえるとよろこんでいた。
毎年、健康診断のときに主治医に聴力の問題を相談しているのだが、簡単聴力検査では正常という結果が出るために何も問題がないと言われてしまう。そうなのかと思い込もうとしたり、自分の頭がおかしくなってきているのかと思ったりしていた。
簡単聴力検査は、普通のオフィスで雑音がある中で行うのが一般で、正しい検査結果を出すことができない可能性が高い。また、聴力検査の正常基準というのは、多数の正常聴力者と思える人をテストした結果から導き出したもので、例えその基準以内でも、絶対に正常だとは言えない。反対に、検査結果が正常でなくても難聴の自覚症状がない人もいる。余談だが、自覚症状がない人でも、もしも周囲が聴力のことで助言してきたら、それは真摯に受け止めて、まず聴力検査で現在の自分の耳の状態を確かめておくべきだ。
この男性は、3年間悩んでいたことが妄想や間違いではなかったことに安堵し、その後、補聴器を介して周囲との会話を楽しんでいるそうだ。
[耳にいい話]