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がん治療における臨床試験について 前編〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

がん治療における臨床試験について
ー 前編 ー


がん治療に関して「標準治療」、「先端治療」、「臨床試験」といった言葉を耳にしたことがある方は多いと思います。これらの意味とどのようにがんの治療法が開発、確立されていくのかを説明します。
研究室から臨床現場へ
新たな治療薬の発見や初期段階試験の多くは研究室で行われます。たとえば、エリブリンという乳がんなどの治療薬として使われる抗がん剤は、もともとは神奈川県の三浦海岸に生息するクロイソカイメン(黒磯海綿)に含まれる「ハリコンドリンB」という天然物から作られています。みなさん、研究室の中で研究者が「海綿から最新の抗がん剤を発見した! これはがんに効くに違いない!」と言っているところを想像してみてください。この時点では、「海綿から作られた抗がん剤」を体内に注射することに不安を覚えませんか? まずは、これが安全かつ有効かどうかを確かめてほしいと思うことでしょう。ではこの「新たな発見」が、どのようにして臨床の現場で使われるようになるのでしょうか。
新たな治療薬やその組み合わせは、最初に研究室内でその効果と安全性がテストされます。具体的には、がんを持ったネズミなどの動物に薬になる可能性のある新規物質を投与し、がんに効果があるかどうか、副作用が強く出過ぎないかなどを試します。ここで効果や安全性が確認できない場合は、人に投与することは倫理的に認められません。この段階で開発がストップすることも多くあります。
ネズミなどでの効果、安全性が確認された「新規治療薬候補」が一般の人が使用できる「標準治療」として認可されるためには、全部で「3相」の試験を段階的にクリアする必要があります。
第I相試験で安全性の確認
第I相試験の主な目的は、「人における安全性、安全な用量・用法の発見(毒性や副作用の確認)」です。詳しい効果は、安全が確認された後の臨床試験で試されることになります。ここでは、数人から数十人程度の患者さん、もしくは健常な人に薬を少量から投与し、段階的に増減を繰り返し、安全かつ最適な用量・用法を見つけ出します。当然、この段階で脱落する治療薬もあります。
第II相試験で有効性の確認
第II相試験では、第I相試験で決められた用量・用法で、数十人から数百人(200~300人)程度の患者さんに投薬して、効果と安全性を確認します。副作用は第I相でも試験されていますが、第I相では極少人数での試験であるために、発生頻度の低い副作用などは検出されないことがあるからです。この第II相試験でがんに対する有効性が確認され、安全性に懸念がなければ、いよいよ最終の第III相試験へと進みます。
第III相試験で「標準治療」との直接対決
第III相試験では、第II相で有効性が確認された治療が、「標準治療」に勝るものかどうかを確認します。「第II相で有効だと認められたのにまだ試験があるの?」と、不思議に思うかもしれません。
たとえば「XXがん」と診断されたら、まずはA抗がん剤を使うという標準治療があるとします。新たに試験されている薬剤は、XXがんに有効である以上に、効果もA抗がん剤に勝る必要があります。がんを縮小するけど、A抗がん剤ほどは効かないというのでは、新たに標準治療にする価値がないからです。
したがって第III相試験の目的は、第I相、第II相試験を勝ち残った治療が、現在の標準治療より効果的かどうかを、数百人から千人規模の患者さんを対象に直接比較することです。この第III相試験でより有効かつ最終の安全性にも問題がないと確認された後に、ようやく「標準治療」として認可されるのです。
次回は「先端治療」とは何か、臨床試験に参加する利点や課題などについてお伝えします。

藤井健夫 腫瘍内科専門医
信州大学医学部卒業、沖縄米国海軍病院、聖路加国際病院にて研修後に渡米。ハワイ大学、ノースウェルヘルス、MDアンダーソンがんセンターで内科、腫瘍内科のトレーニングを終え、現在はアメリカ国立衛生研究所(NIH)内の米国国立がん研究所(NCI)で診療を行いつつ自身の研究室を主宰。専門は乳がん。
FLAT・ふらっと
2013年から続く乳がん・婦人科がん患者サポート団体のJapanese SHAREが、2023年4月1日より、ニューヨークを拠点とした非営利団体、FLAT・ふらっとに活動の場を移行。乳がん・婦人科がんのほか全てのがん患者、高齢者、スペシャルニーズのある子どもの保護者を対象とし、在米日本人コミュニティーを健康と医療の面から支える。