子どもとティーンのこころ育て
アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。
事件に巻き込まれた子どもの心のケア
銃社会のアメリカでは、連日どこかで銃乱射事件が起きており、その数は年々増え続けています。銃により命を失う0~19歳のアメリカ人は年間2,900人近くにも上り、負傷者は1万5,600人、銃撃の現場に遭遇する子どもは年間300万人もいます。
日本でも最近、スクールバスを待つ児童らが殺傷されるという凄惨な事件が起きましたが、子どもたちが受ける心の傷は計り知れないものがあります。もし自分の子どもや身近な人たちが、こうした殺人や事故、自殺の現場などに遭遇してしまった場合、どうすれば良いのでしょうか。
人間は、事件や災害などの恐ろしい体験をすると、その惨劇のシーンを何度も思い浮かべたり、不安感でニュースをずっと見続けたりします(侵入思考)。また、悪夢を見たり、特定の音や光をきっかけに体験が鮮明によみがえったり(フラッシュバック)、小さな子どもの場合は乱暴な遊びを繰り返し行い、恐怖体験を再現します(再体験)。また、感覚がとても過敏になり(過覚醒)、イライラして不安な気持ちが強くなると赤ちゃん返りをすることも(退行)。こうした神経過敏な状態が続くと疲れ果ててぼーっとしたり、現実感がなくなり集中できない状態になったり(解離)、事件や災害などを思い出させるような場所や状況を極度に避けます(回避)。
子どもは大人と違って因果関係を理解することが苦手です。交通事故で家族を失った子どもが、「自分のせいだ」と強い罪悪感に見舞われ、「自分は悪い人間だ」と自分を否定し、「誰も信じられない」と人間不信に陥るケースもあります。事件のあと、数カ月経っても、こうした症状が続くようであれば、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症している可能性も。早めに主治医や専門機関に相談することをおすすめします。
子どもの心の回復を促すためには、まずは安全で安心な場所を確立することが必要となります。「怖かったね。もう大丈夫だよ」、「もう悪い人はつかまったから安心だよ」といった子どもの年齢に合わせた言葉をかけ、抱きしめてあげるといいでしょう。
子どもが安心できるようになったら、次の段階として体の緊張状態をほぐすためのリラックス法を行います。たとえば、深呼吸では息を吐く時間を長めにすると、副交感神経が優位に働き、落ち着きます。また、体を緊張させてから一気に緩めることでリラックスを促す筋弛緩法も効果的。体が落ち着いてくると、心の扉が開き、怖い体験を遊びや夢の中で再現し始めます。このときに一緒に遊び、怖い夢の話も聞いてあげることで、子どもの悲しみや怒りが処理されていきます。また、退行は回復のプロセスなので、思い切り甘えさせてあげてください。少しでも親から離れることができたら、たくさん褒めてあげるといいでしょう。
心身のコントロールがある程度できたら、次は回避対象に向き合い、恐怖反応を少しずつ減らしていきます。ここで恐怖を避けるとPTSDを引き起こすリスクが高まります。怖くても回避せずにきちんと直面し、それを繰り返して恐怖反応を消去することが大切です。たとえば、学校で銃乱射事件が起きた時などは、学校に戻るのは勇気がいります。ですから、学校は安全な場所だと言い聞かせ、子どもが学校に行けたら、恐怖と直面できたことを褒め、徐々にチャレンジの範囲を広げていきます。
心の回復には、長い時間がかかります。今年3月、フロリダ州の高校で、生徒2人が1週間以内に立て続けに自殺しました。その高校では昨年2月に17人が死亡するという銃乱射事件が起きており、自殺した生徒の1人はサバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)に苦しめられていました。同じ週、2012年にコネチカット州の小学校で起こった銃乱射事件で娘を失った父親もまた自殺するという痛ましいニュースが流れました。負の連鎖を止めるためには、恐怖心、無力感、罪悪感、孤独感など、これらの事件が心に与える影響の大きさを深く理解し、心の回復についての正しい知識をコミュニティー全体で共有して実践することが必須と言えるでしょう。