毎月数十点が出版され、「教養」「時事」「実用」と幅広い分野を網羅する日本の新書の新刊を通して、日本の最新事情を考察します。
┃歴史との向き合い方が揺らぐ
日本社会で今、過去の「負の歴史」といかに向き合うかについての認識が大きく揺らいでいるのではないか、そう指摘するのが『歴史戦と思想戦/歴史問題の読み解き方』(山崎雅弘著、集英社新書)の著者である。タイトルにある「歴史戦」とは、南京虐殺や慰安婦問題など、歴史問題に関する中国や韓国からの批判を、日本に対する「不当な攻撃」と捉え、「日本は本来の歴史を取り戻す戦いに打って出るべきという考え方」だという。近年、こうしたスタンスによる書籍が数多く刊行されている。過去の歴史に関する、批判的な分析・検証などを軽視あるいは無視するような言説が広がっていることに、著者は強い危惧を覚えている。
「日本は悪くない」といった「結論ありき」で、その結論に合う「事実」だけを集める、その結論に合うように「事実」を歪曲するなど、「歴史戦」論客が多用する手法や言葉のトリックについて検証する。
『ネトウヨとパヨク』(物江 潤著、新潮新書)は、ネット上での論争に相当なエネルギーを注力する「ネトウヨ」(「ネット右翼」)、「パヨク」(「左翼」をもじった)と呼ばれる彼らの行動原理や心理を読み解く。
著者によれば、どちらの言葉も、「悪口」としてしか使われないが、両極端と思われる「ネトウヨ」と「パヨク」のいずれも、従来からの「保守」と「リベラル」とは全く異なる。両者は、「対話ができない」「議論ができない」という点で驚くほど共通している。結論しかない主張を繰り返し、建設的な議論を妨げるという存在が、ネトウヨでありパヨクだという。そうした「対話不能」な彼らに向け、言論のルールをめぐる議論を根気強く続ける姿勢が著者にはある。無用な対立を避け、自由な言論を成立させるために必要なのは「ユーモアを忘れない」という工夫であり、余裕だという。
公文書である決裁文書の改ざんは、あってはならない、民主政治の根幹を揺るがす事態だ。『官僚制と公文書/改竄、捏造、忖度の背景』(新藤宗幸著、ちくま新書)の著者は、昨今次々と発覚する官僚による公文書管理のデタラメさは、「日本の官僚制の構造や行動を、問い直すべき時期に来ていることを示している」と主張する。日本の公文書管理に関する法制度の出発点は、「公文書とは何か」を、法的に明確に定義することにある。公文書管理システムの整備と共に、公文書の定義をより明確に定めるべき、としている。政権や各官僚機構から独立した中立的な公文書管理機関も必要だと訴える。
┃SFのような食の未来
『「食べること」の進化史/培養肉・昆虫食・3Dフードプリンタ』(石川伸一著、光文社新書)は、これからの100年、人間と食のあり方がどう変化していくかを考えるための1冊。
たとえば、家畜を飼うのではなく、特定の細胞を抽出・培養する「人工培養肉」が技術的に現実化してきている。「環境に優しい」と、一部の動物愛護団体やベジタリアンからも賛同を得ているという。一方で、これまでに見たことがない「人造肉」に対する嫌悪感や拒絶反応ももちろんある。
NASAが宇宙食として注目しているものに、3Dプリンタを使って、栄養素や食材をさまざまな形や食感で出力する、という技術がある。個人の体質や健康状態に合わせ、栄養が完璧に反映された「個別化食」が生み出される、そんな未来がやって来るのだろうか。手早く、簡単に、清潔に、完璧な食を。そうした要望に応じ、私たちの食とそれを支えるキッチンはどのようになっていくのか、考えていくのが興味深い。
『物語 ナイジェリアの歴史/「アフリカの巨人」の実像』(島田周平著、中公新書)では、圧倒的に多い人口(1億8,869万人:2018年現在、世界第7位)を抱え、経済成長も著しい、アフリカ大陸の中で大きな存在感を示すナイジェリアについて、サハラ交易時代から現代までの歴史をたどる。著者は、ナイジェリアのありようは、今後のアフリカの発展に大きく影響する、と予見している。今やナイジェリア一国の問題を超え、国際的な問題となっているイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」がこの国で誕生した背景についても解説する。
※2019年5月刊行から