┃検閲とは無縁のままの日本でいられるか?
『空気の検閲/大日本帝国の表現規制』(辻田真佐憲著、光文社新書)では、帝国日本の表現規制、検閲の現場について詳しく検証。公権力が、明文化された法令や規則に基づいて表現内容を審査し、不適当と認めるものに発表禁止などの規制を行っていたものがいわば「正規の検閲」である。一方で、タイトルにある「空気の検閲」とは、出版人や言論人とやり取りしながら、当局の意向を「忖度」させ、自己規制や自己検閲を行うように誘導したものを指す。現場に空気を読ませ、忖度させることで検閲のコストを下げ、法制度が時代に追い付かないことで法の抜け穴ができてしまうことを防ぐ狙いがあったのでは、と著者は指摘。現代日本も、空気や忖度に基づく表現規制とは無縁ではないのではないか、と危惧している。
『陰謀の日本中世史』(呉座勇一著、角川新書)の著者は、『応仁の乱』(中公新書、2016年)が大
ベストセラーになったことで一躍有名になった歴史学者だ。「本能寺の変には明智光秀のほかに黒幕がいた」といった歴史の「陰謀説」が大好きな日本人。専門家の間では定説となっている最新学説をもとに、数々の「トンデモ陰謀説」を論破していく。ひと目で荒唐無稽とわかるような説の間違いを証明しても、学会では研究業績にならないため、専門家はあえて相手にしないようなところがある。「陰謀論」が後を絶たないのは、黙殺してきた歴史学会にも責任があるのでは、と指摘している。
『英国公文書の世界史/一次資料の宝石箱』(小林恭子著、中公新書ラクレ)では、さまざまな調査目的のために世界中から多くの人々が訪れる、英国国立公文書館(英公文書館)を取り上げる。幅広い分野にわたる一次資料が保管され、誰でもしかるべき手続きを取れば閲覧できるようになっている。本書では、夏目漱石のロンドンでの足跡を示す下宿記録、原爆開発に関する覚え書き、英国調査団の詳細な報告による原爆投下後の広島・長崎の光景、ビートルズ来日報告書など、日本に関わる公文書や、大英帝国から東西冷戦までの英国の歴史にまつわる文書などを紹介している。公的記録を残し、保管していくことの重要性がクローズアップされている今、英国と日本両国の、公文書に対する「本気度の違い」について考えさせられる。
┃アップデートしたい生物学の知識
『大人の恐竜図鑑』(北村雄一著、ちくま新書)で紹介される、「恐竜には羽毛があった」「恐竜の祖先は鳥」「ティラノサウルスは直立できない」などの「恐竜についての最新の学説」は、最新の図鑑を読んでいる子どもたちから見れば当たり前の内容が多いかもしれない。著者はサイエンス・ライターであり、図鑑などのイラストも描く。著者の子ども時代、ティラノサウルスといえばゴジラのように上半身を起こしてしっぽを引きずる姿で描かれていた。恐竜学者による最新の学説と矛盾しない形で、一般の人々のイメージとかけ離れない程度の復元図を描く。著者がこの難しい問題にどう対応
しているかという解説も興味深い。
脳があまりに小さく軽いので、「愚か」と考えられてきた鳥たち。しかし近年の研究では、霊長類に近い知性を持つ鳥もいる、ということが知られてきているという。『鳥! 驚異の知能/道具をつくり、心を読み、確率を理解する』(ジェニファー・アッカーマン著、鍛原多惠子訳、ブルーバックス)では、多様な環境で生き延びてきた鳥類が、どのように「複雑」な認知能力を獲得してきたのか、鳥は私たちが思うよりずっと賢いのではないか、とさまざまな例から紹介している。鳥のさえずりにはその地方により「訛り」がある、という研究なども面白い。
『絶滅危惧の地味な虫たち/失われる自然を求めて』(小松貴著、ちくま新書)によれば、日本には、名前が付いているものだけで3万種近く、推定上は10万種にも上る昆虫がいる。そうした昆虫の多くが、人間による環境破壊に伴い、生態がよく知られないままにひっそりと姿を消している。環境庁の作成する「絶滅が危惧される」レッドデータブック/レッドリストに載る昆虫のうち、保護活動の対象になりやすいのは人気が高いチョウやホタル、カブトムシなどの大型甲虫ばかり。著者は、それら「人気者」以外の、小さくて地味、キモい、虫愛好家や研究者たちさえ調べたがらない「いかにもどうでもいいような風貌」の昆虫に注目している。
『生物学の基礎はことわざにあり/カエルの子はカエル? トンビがタカを生む?』(杉本正信著 、岩波ジュニア新書)は、古くから伝わる「ことわざ」を題材に、現代人が知っておくべき生物学の入り口へと誘う試み。昔の人々から受け継いで来た「人生の知恵」であることわざの多くに、遺伝や進化、免疫の仕組み、生物多様性など、生物学の本質を突いたものが数多く見られて興味深い。
※2018年3月刊行から