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まだ語られていない悲劇

┃まだ語られていない悲劇

『ベニヤ舟の特攻兵』
8・6広島、陸軍秘密部隊レの救援作戦
豊田正義(角川新書)

神風特攻隊と呼ばれる航空特攻隊の悲劇は、毎年のように映画やテレビの題材となり、多数の関連本が生まれている。その一方で、ほとんど知られていない特攻隊「水上特攻隊」がある。この悲劇を伝えようとするのが『ベニヤ舟の特攻兵/8・6広島、陸軍秘密部隊㋹の救援作戦』(豊田正義著、角川新書)である。広島で原爆が投下された日、瀬戸内海にある江田島の幸ノ浦基地では、ベニヤ板製の舟で敵に突撃する「水上特攻隊」という日本陸軍の秘密部隊が訓練を行っていた。彼らは原爆投下から30分後に、軍部の命令により真っ先に救援活動を行う。多くの隊員が被曝して「原爆症」を発症しながら、秘密部隊ゆえ被曝の事実を認定しようとしない国と戦い、そして周囲の露骨な被爆者差別と戦ったあげく、「被曝体験は墓場まで持っていく」と、黙ってこの世を去って行った。本書は元特攻兵による「オーラル・ヒストリー」という方式をもとにしている。戦争体験者からの談話を直接聞き取って記録できるのは、もう待ったなしの状態だ、と著者は言う。

『日本軍ゲリラ 台湾高砂義勇隊/台湾原住民の太平洋戦争』(菊池一隆著、平凡社新書)は、南洋ジャングルで日本軍の一員として戦った台湾原住民(高砂族)から見た太平洋戦争の記録である。日本植民地時代、日本人、台湾人(現在の本省人)から差別され、底辺に追いやられていた高砂族。その主な7種族のうち、本書では中心となったタイヤル族に特に注目する。著者は台湾へ取材に行き、高砂義勇隊としてニューギニア戦線を戦ったタイヤル族たちからも当時の体験を聞き、これまでにオーラル・ヒストリーとしてまとめている。戦後長い間、彼らは日本軍での経歴を封印しなければ台湾では生きていけなかった。台湾人元日本兵士の戦死傷補償問題、南洋での戦没者遺骨収集に関する問題など、戦後73年を経ても日本がまだ解決できない重い問題についても触れている。

 

┃「戦争体験」の格差

『保守と大東亜戦争』
中島岳志(集英社新書)

『戦争体験と経営者』(立石泰則著、岩波新書)の著者は企業取材歴40年のノンフィクション作家。彼らの「戦争体験」の有無が、経営者としての経営理念に大きな影響を与えているのではないか、と考えたという。徴兵はされずに、国内で空襲などの戦時経験をした者と、戦地に赴き、死と背中合わせの日々を送った者との違いは大きい。たとえば有力政治家を父に持つセゾングループの堤 清二氏は徴兵経験がなく、ダイエーを立ち上げた中内 功氏は、一兵卒として満洲やフィリピンなどに赴き過酷な戦争体験を持つ。経営者たちの戦争体験は、人生、経営理念にどう影響を及ぼしたのか。取材の過程で聞き取ってきた、戦争に対する彼らの肉声を伝えている。『保守と大東亜戦争』(中島岳志著、集英社新書)は、戦中派保守の残した文章、回想録を読み直し、戦中派保守の論理とは何だったのかを読み解く。そのうえで、保守派=戦争賛美、大東亜戦争肯定論という見方に疑問を呈している、現
代の視点では同じように保守論客とされる立場の言論人でも、大東亜戦争開戦を20歳以上で迎えた世代の価値観と、開戦当時10歳前後で軍隊や戦場での体験を持たない世代の価値観は、決定的に異なるのではないか、としている。戦中派保守の論客は、軍国主義や超国家主義に強い嫌悪感を示していた。すでに鬼籍に入った彼らの言葉こそ、今向き合うべきではないかと著者は強く訴える。

『「右翼」の戦後史』
安田浩一(講談社現代新書)

『「右翼」の戦後史』(安田浩一著、講談社現代新書)では、日本の右翼の歴史を紐解き、これまで国家権力は時の右翼とどう折り合いをつけ、その存在を許容してきたのかを振り返る。この数年、マ
イノリティーに対するヘイトスピーチを繰り返し、差別や偏見を煽るネット出自の「極右」、ネット
右翼(ネトウヨ)と呼ばれる層が跋扈(ばっこ)している。差別デモに参加する地方議員や差別発言を繰り返す国会議員も増えている。日本社会の「極右化」が加速しているのではないか。著者はそう
した危機感をもとに、戦前・戦後の「右翼」と今の「ネトウヨ」とは何が違うのかを論じている。

※2018年7月刊行から(次号につづく)

湯原 葉子
連想出版編集部が出版する ウェブマガジン「風」編集スタッフ。新書をテーマで連想検索する「新書マップ」に2004年の立ち上げ時から参加。 毎月刊行される教養系新書数十冊をチェックしている。 ウェブマガジン「風」では新書に関するコラムを執筆中。