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西尾 由香さん〜四つ葉学院代表

ベルビューにある四つ葉学院の代表を務めながら、自身も大学院生として海外子女教育の研究を続ける西尾由香さん。教育への熱い思いを存分に語ってもらいました。

取材・文:加藤 瞳 写真:加藤 瞳、本人提供

西尾由香■日本で公立小学校教諭として長年勤務した後、夫のワシントン大学関連病院への転勤に伴い渡米。2012年、海外子女教育研究校の四つ葉学院を設立した。日本教師教育学会、小学校英語教育学会の役員会員、また都内の現職教員として日米海外子女教育の研究に携わる。現在、国立教育大学教職大学院の修士課程に在籍。

四つ葉学院
2022年で創立10周年を迎え、国立大学法人「教職大学院」の海外研究校として、教育カリキュラムを刷新。海外在住の子女を対象とした効果的な日本語教育の実践と、日本の大学院との学術的研究とを融合した、革新的な教育法を展開している。また、文科省の学習指導要領に準拠した学習活動を行い、在外教育施設重点支援プロジェクトの研究協力校として来年度も選出されている。
Yotsuba Gakuin
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小学校の先生になることを夢見て

「情熱に満ちあふれた先生」、そんな第一印象を受けた。教職関係者ばかりの親族に囲まれて育った西尾さん。冠婚葬祭などで話題に上るのはいつも教育に関することだった。物心つく頃には将来の職を小学校教諭と決めていた。

母親は都内の公立小学校教諭で、同じ小学校に入学したため、普通とはちょっと違う幼少期を過ごしたと言う。「職員室の片隅で職員会議を聞きながら母の仕事が終わるまで待ったり、先生たちに頼まれ、放課後の仕事や授業準備を手伝ったりしていました」。そんな環境の中で、授業の進め方や指導法について強く興味をそそられた。「私だったら、もう少しわかりやすい説明をするなぁ、この先生が人気なのは子どもの話をちゃんと受け止めてくれるからだ、先生のこの対応は私も真似しよう、などと子どもながらに観察し、教師の理想像を思い描いていました」

その夢は成長後もぶれることがなかった。大学時代のアルバイトは、塾講師に、博覧会での歴史レクチャー・コンパニオン。大学卒業後は念願かない、神奈川県川崎市で小学校教諭としてキャリアをスタートさせた。「奇遇にも、初任で受け持ったクラスは、保護者の3分の1近くが小中学校の教諭だったんです。指導教官からだけでなく、保護者でもある大先輩方に、学級便りの内容から始まり、保護者への適切な対応、面談での留意点まで、毎日鍛えられるという新任教師時代でした」。授業参観は、まるで公開研究授業の様相。しかし、その緊張感さえ「恵まれている」と捉えるところに、西尾さんの向上心の強さがうかがえる。

西尾さんは大学生の頃子どもたちに歴史を教える博覧会のコンパニオンを経験前列右から2番目

平成に入った頃には新設校への転任が決まり、小学校立ち上げに携わることに。「学区内から、すご腕のベテラン教師が集められていました。経験の裏付けをもとに語られる『子どもの持つ可能性』、『学級運営の極意』などの話から、学校創立の基本を学びました。そんな先生方との研修の日々は何年経っても色あせず、かけがえのない宝物です」

日本での教員生活は、毎日学校に行くことが楽しくて楽しくて仕方なかったと振り返る。早朝から夜遅くまで、土日、長期休暇の間もほとんどを学校で教材研究をして過ごした。「子どもたちや保護者からは、『西尾先生は学校に住んでいるらしい』とうわさされたほどでした」

活躍の舞台はシアトルへ

麻酔科医である夫の転勤に伴い、家族で渡米したのは2004年。「勤務校での離任式を終えた翌日に渡米し、その1週間後には、日系の小学校の教壇に立っていました。日本での教職経験をすぐに生かせたので、スムーズに海外生活をスタートできたように思います」。西尾さんの視点は常に教育活動にあるようだ。

アメリカに暮らす現在も、日本での教員勤務は継続している。「日本の『今』の授業スタイルを知ったうえで、その教育現場に沿った授業を海外でも構築していくことが必要。そう考え、夏休みを利用し、都内の公立小学校で臨時的任用教員や学習支援員として勤務しています。学校の現場で子どもたちと一緒に過ごす時間が何より幸せなんです」。教職に就き30年以上が経過したが、その情熱の炎は全く消えることがない。「教師を長く続けているのは、子どもたちと一緒に、自らも成長し続けることができるからです」

四つ葉学院設立には、教師としての「子ども主体の、本物の学校を作りたい」という熱意に加え、3つの願いがある。

「私が子どもだったら、こんな学校で、こんな授業を受け、こんな先生から学びたい」
「私が保護者だったら、こんな学校に通わせ、こんな先生に子どもを育ててもらいたい」
「私が教師だったら、こんな学校で、こんな同僚や上司と共に働きたい」

四つ葉学院が開校したばかりの頃試験管の中に虹を作った理科実験教室

四つ葉学院のシンボルマークである四つ葉のクローバーは、3枚の緑の葉が未来に生きる子どもたちに必要な「確かな学力」、「豊かな心」、「健やかな体」を示し、赤いハート形の葉はそれらを育む「教育愛」を表現している。「学力や体力、徳力だけでなく、『幸せに生きる力』をバランス良く身に付けて欲しい。国際社会で主体的に活躍できる人材育成を目指しています」。今年、設立10年を迎えた同校。これまで大変だったことや苦労したことは全くないと、西尾さんは言い切る。「子どもたちにとって、楽しくて有意義なことしかしてこなかったからかもしれません」

四つ葉学院での算数授業の様子こんな風に教えてもらえたらきっとわかりやすかっただろうと算数が不得手の記者も実感
授業の合い間も質問をする児童や生徒でいっぱい

教員には、子どもたちに「教える」のではなく「伝える」という気持ちで授業に臨んで欲しいと指導している。「『教える』だと、わからない子どもたちが悪いとなってしまうけれど、『伝える』だと、私の伝え方が悪い、になりますよね。私も、『もっとわかりやすく説明してよ』なんてクラスの子たちはきっと考えているだろうな、と思いながら授業をしています。自分がそんなちょっと性格の悪い子どもだったので」と笑う。「子どもって、感じ取る能力が本当に高い。『子どもだからごまかせるだろう』とか、『言ってもわからないでしょ』という姿勢は絶対に伝わります」

 

シアトル日本語補習学校で担任を受け持った小学4年生の児童が書いた作文人を笑顔にする西尾さんの理科実験教室は世界平和にもつながると締めくくられている教員人生でうれしかったことのひとつ1回1回の授業を大切にしたいと改めて再認識させられました

常に研究と進歩を続けるために

世界を襲ったパンデミックにより、土曜校校舎として借用してきた現地校の使用ができなくなったのが2020年2月。しかし、翌月中旬には、早くもオンライン授業を開始している。オンラインによって物理的な制限がなくなったことで、逆に学習の場は飛躍的に広がった。まず、オンラインでの全校学習発表会を開催。そして、日本や他国の補習授業校との交流授業を実現させるなど、地域や国を超えた児童・生徒間の探求的学びを模索した。

特に合同授業の充実ぶりには目を見張る。ボストン補習校中学部とは国語とSDGsを、立命館小学校の5年生とは国語、社会、英語、IT、図工、SDGsの10回にわたる教科横断型授業を構成した。品川区の公立小学校の1年生と、国語の単元統型授業を試みたこともあった。「日本の小学校の教室や授業の様子をオンラインで体験でき、コロナ禍で一時帰国できなかった子どもたちにとって貴重な経験となりました」。まさに逆境を逆手に取る最先端の教育活動を、教員、子どもたち、保護者と共に実践した。

西尾さん自身、さらなる成長を目指し動き出している。今年4月から日本の教職大学院の学生として研究を始めた。「昭和初期の教育者、大村はま氏の言葉に、『教師の資格とは、研究を続けること。子どもと同じ世界にいない教師は、教師として失格である。研究をして、子どもと同じように伸びる気持ちを持つことが、教師の資格だ』とあります。私も、本物の教師であり続けたい。それで進学を決めました」。この夏には、大学院での夏季ゼミのため、日本で2カ月を過ごした。研究テーマは、「在外教育施設における令和の日本型学校教育の構築」。四つ葉学院が研究対象校だ。

「海外において、いまだに昭和的な教育を引きずり続ける補習校が少なくないことが問題になっています。その改善策として文部科学省が立ち上げたプロジェクト、AG5(在外教育施設の高度グローバル人材育成拠点事業)のモデル研究校に四つ葉学院が選ばれ、2020年には公開研究授業を行いました」。大学院ではこれまでの実践経験と理論を融合・一体化することで、教育の本質を探究。この夏、ゼミで行政業務に関わる研修を経験し、教育行政にも関心を持ち始めていると明かす。今後は大学院での研究職に関わりながら、行政の立場からも海外子女教育に携わっていきたいと考えているそう。

新たな段階に向け走り出した西尾さんだが、「半年先や1年後の自分の姿を思い描く」ということは難しいと話す。「これからやりたいことはと聞かれても、ないんです。だって、やりたいことがあったら、すぐさま始めてしまうから。やりたいなら、半年待たずに今やれば良いじゃない、と思っちゃう」

社会に開かれた学校として 10月 22日に行われた出前授業シアトルのニチレイフーズ社員の田中香織さんを講師に迎え食育などについて生きた知識を学んだ

最後に、子どもたちへのメッセージを聞いた。「今できることに、とにかく精一杯集中する。これは私自身にも言えます。現地校の授業やスポーツなどの課外活動、日本語学習と、今与えられていることやしたいと思っていることに全力を尽くすことが、何より大切ではないでしょうか」。過去を悔やみ、先を憂えても仕方がない。それより今を大切に生きて欲しい、と西尾さんは訴える。

「実は子どもって、そんなこと言われなくても今しか見てないですよね。だからそのままで良い、ということ。学力は、自己肯定感の上に育つものです。その自己肯定感を育むためには、家庭や学校で、ありのままの姿を認めてもらえるという安心感を与えることが必要。親が心配し過ぎると、子どもの教育や成長にとって邪魔になってしまいます。目の前にいる子どもの良さをどんどん見つけ、言葉で伝えてあげてください」

加藤 瞳
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。ニューヨーク市立大学シネマ&メディア・スタディーズ修士。2011年、元バリスタの経歴が縁でシアトルへ。北米報知社編集部員を経て、現在はフリーランスライターとして活動中。シアトルからフェリー圏内に在住。特技は編み物と社交ダンス。服と写真、コーヒー、本が好き。