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映画「LE CHOCOLAT DE H」シアトル公開記念インタビュー

映画「LE CHOCOLAT DE H」シアトル公開記念インタビュー
ショコラティエ 辻口博啓さん ✖︎ 映画監督 渡邉 崇さん

 

人がやっていたことをやっても面白くない
お菓子で日本を変える!

今年のシアトル国際映画祭で日本から唯一の新作映画として選出されたのは、今回がインターナショナル・プレミアとなった「ル・ショコラ・ド・アッシュ(LE CHOCOLAT DE H)」。世界一のショコラティエとの呼び声も高い、辻口博啓シェフのチョコレート作りを追うドキュメンタリーです。辻口シェフと渡邉 崇監督に直撃し、魅惑のショコラ・ワールドについて語ってもらいました。

(取材・文:加藤 瞳)

シアトルは初めてという渡邉監督左と辻口シェフちなみに辻口シェフの好きな食材はスイカだそう種飛ばしをして遊んだ子どもの頃を思い出しニュートラルな自分になれます

辻口博啓⬛️パティシエ/ショコラティエ。石川県七尾市出身。和菓子店の3代目として生まれ、高校卒業後、洋菓子職人を目指し上京。現在はモンサンクレール(東京・自由が丘)を始めとする13ブランドを展開する。
渡邉 崇⬛️
2003年、テレビ朝日グループの番組制作会社であるViViA(テレビ朝日映像株式会社)に入社。報道情報番組を担当し、特に人物ドキュメンタリーを多く制作。劇場公開作品は今作が初監督となる。

映像美で魅せる、日本の食文化とのマリアージュ

本作は、美しい映像がとても印象的でした。どんなところにこだわったのでしょうか?

辻口シェフ:世界最大のショコラ品評会では、2013年から6年連続で最高評価の金賞を獲得し続けていますが、やっぱりフランス人と同じことをやっても、なかなか賞は取れないんです。地元の石川県にある奥能登の揚げ浜式製塩は、映画にも出てきましたが、日本で初めて認定された世界農業遺産。監督には、そうした日本人が培ってきた食の文化や技術をしっかり育みながら、世界のカカオとシンクロさせて自分のチョコレートに転換させていきたいという思いを、まず伝えました。その世界観やストーリーを、渡邉監督が映像化してくれました。

渡邉監督:海外に出すことも意識し、最初から「ナレーションは付けない」と決めていました。言葉を廃し、映像の力で魅せることを突き詰めていったら映像美にたどりついた。そんな感じです。撮影のために何かをしたわけではありませんが、もともとの素材や景色の美しさを純粋にスクリーンに映し出せたのかな、と思います。シェフにもいつも通りに動いてもらいました。シェフが表現するまま撮ったほうが美しくなる、その方向性が正しい、という思いもありました。今撮らないと撮れない、というシーンがほとんどでした。

作中、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』にインスパイアされたというのは、どういう理由からでしょうか?

辻口シェフ:全国大会で優勝した23歳の時、初めてフランスを旅行したんです。そこでフランスにかぶれちゃって(笑)。「日本の文化よりも絶対フランスのほうがスゴい!」なんて言っていたら、高校時代の恩師から「日本を知らずして、フランスを語るな」と、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を渡されました。日本の美意識は谷崎にあると言われても、内容は難しいし、その時は「まだまだヒヨッコのくせに浮かれるな」と自分が批判されたように感じて、その本を捨ててしまったんです。ところが、29歳で自由が丘に店を出そうという時、ふと読まなきゃいけないような衝動に駆られて。もう1度読んだら、「日本の素材や文化の素晴らしさを自身の強みとして、世界に向き合って欲しい」という、恩師からのメッセージに気付かされました。みりんや味噌といった日本の発酵食と世界のカカオで「発酵をマリアージュさせる」という今のテーマを生み出せたんです。

©2019映画LE CHOCOLAT DE H製作委員会

お菓子の背景にあるストーリーを伝えたい

撮影中、印象的だったエピソードを教えてください。

渡邉監督:辻口さんは「走りながら考える」タイプ。映画もいろいろ決まらないまま撮影がスタートしたのですが、公開スケジュールも予定通りだし、海外進出も叶っている。これは、シェフのパワーによるものだと思います。何事もまずやってみる、ダメだったら修正してまた進む、というスタイルだから、「この前話していたことと、全く考えが変わっている!」ということはよくありました(笑)。驚きはしますが、たどり着くところは間違っていないんですよ。変わり続けるところが、シェフの魅力のひとつなのでしょうね。

辻口シェフは「クリエイション」という言葉をよく使っていましたね。

辻口シェフ:お菓子屋さんは、おいしいものを作って喜んでもらって成り立つ仕事ですが、それだけではありません。お菓子を本当においしく見せるために、照明や表現の仕方にも気を配る必要があります。素材のひとつひとつまで、お菓子の背景にあるストーリー全てを伝えたい。お菓子をあらゆる角度から見せることで、付加価値を高めることが大事。全体的なアートとして捉え、その良さを引き出すことは、つまり「クリエイション(創造)」なんです。

©2019LE CHOCOLAT DE H製作委員会

0から1を生み出すことに意味がある

これからのプランを教えてください。

辻口シェフ:お菓子を通して地方創生をしたいと思っています。僕は七尾という人口5万人にも満たない小さな街の出身。和倉温泉という温泉街があるのですが、12年前、そこの加賀屋という旅館に出店したんです。正直、売れるとは思っていませんでしたが、ふたを開けてみれば、1日2万円だったカフェの売り上げが、今では年間2億5,000万円に。地方でも人を呼べるんだと実感できました。

6年前には、三重県にアクアイニグスというスイーツ、パン、イタリアン、和食の4つを柱にした食のリゾートを創設。人からは「お菓子で日本を変えるなんてできっこない」と笑われましたが、年間100万人以上の来客があり、さびれた温泉街が息を吹き返しました。お菓子にはそういう可能性があるんです。次は三重県に35万坪の土地を買い、民間初のサービスエリアを造ります。日帰り温泉や、旅籠、味噌蔵、みりん蔵、工房にマルシェ、スイーツ・ビレッジ、カカオ農園などを一緒にした全く新しい食の聖地で、世界でも類を見ない地方創生の形。2020年冬にオープン予定です。

渡邉監督:今回はチョコレートをテーマにした映画でしたが、次は辻口シェフが お菓子を通して社会を変えようとしている部分にクローズアップした映画を製作したいと思っています。

LE CHOCOLAT DE H (渡邉 崇/2019)
世界を舞台に活躍するショコラティエ、辻口博啓の素材探しから新作完成までに密着したドキュメンタリー。 パリで開催される世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」に出展し、「C.C.C.(Club des Croqueurs de Chocolat)」の品評会で最高評価の「ゴールドタブレット」を5年連続受賞した辻口。2018年の品評会にも出品を決めた彼は、 日本の食文化である「発酵」とカカオの「発酵」のマリアージュを目指し、新作チョコレートの創作を開始する。 辻口の創造の全過程を、ドローンや超ハイスピードカメラといった最新の撮影技術を駆使した映像で映し出していく。
加藤 瞳
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。ニューヨーク市立大学シネマ&メディア・スタディーズ修士。2011年、元バリスタの経歴が縁でシアトルへ。北米報知社編集部員を経て、現在はフリーランスライターとして活動中。シアトルからフェリー圏内に在住。特技は編み物と社交ダンス。服と写真、コーヒー、本が好き。