Home インタビュー ファアスアマリエ智子さん〜...

ファアスアマリエ智子さん〜敬老ノースウェスト心会スーパーバイザー

敬老ノースウェストを母体にした高齢者向けデイケア・プログラム、「心会」をご存じでしょうか。運営に長年携わり、2018年からスーパーバイザーを務めるファアスアマリエ智子さんに、コロナ下での新しい試みや今後の展望などについて語ってもらいます。

取材・文:シュレーゲル京希伊子
写真:田川ユージーン(心会ボランティア)

ファアスアマリエ智子■1976年生まれ。近畿大学農学部卒。塾講師などを経て、2009年に渡米。2011年から敬老ノースウェスト(旧・日系コンサーンズ)に勤務し、傘下の日系マナーおよび心会のアクティビティー担当として体操やダンス、カラオケなどの企画・運営でリーダーシップを発揮。2018年、心会スーパーバイザーに就任。運営側だけでなく、利用者やその家族、ボランティアからの信頼も厚い。

過去の経験の全てを生かし楽しい時間を演出

インターナショナル・ディストリクトの一角、ちょっとした日本庭園を備えるエントランスに「一期一会」と書かれた木の看板が見える。日系人高齢者を対象としたデイケア・プログラム、心会が入っている日系マナーの建物だ。心会がスタートしたのは、今から44年前の1978年のこと。「日系人のお年寄りに憩いの場を」という思いを持つ有志が集まり、立ち上げられた。当初は教会が活動の場だった。時を同じくして、シアトル敬老(現在は閉鎖)や日系マナーなどの日系人向け高齢者施設が開設され、目的や志を共有する三者がひとつにまとまり創設されたのが、非営利団体の敬老ノースウェストの前身となる日系コンサーンズだ。

みんなで輪になって心会恒例の炭坑節

「これまでの経験が役立っていると思うと、私も充実感を覚えます」と話す智子さんは、大阪で生まれ、京都で育った。近畿大学農学部で食品栄養を専攻したが、研究職の道ではなく、アルバイトを通じて慣れ親しんでいた塾講師の職を選んだ。心会のアクティビティーの一環として行う頭の体操では白板を使って講義するが、それには塾講師としての経験が生かされている。実は大のカラオケ好きで、日本にいた頃はエアロビクスにも毎日のように通っていた。現在、多くのお年寄りを前に率先して歌や踊りを披露する智子さんは、まさに水を得た魚だ。

シアトルへの移住は結婚がきっかけだった。20代で出会った夫は、アメリカン・サモア人。10年にわたる遠距離交際を経て、2008年に結婚した。知人の紹介で、日系コンサーンズにアクティビティー担当のオンコール・スタッフ(待機要員)として採用された智子さんは、すぐに日系マナーのパートタイム、そしてフルタイムのスタッフへと昇格。2018年夏に心会のスーパーバイザーに就任し、現在に至る。

コロナ下での困難な舵取り

心会は、月・水・金曜日の週3回の開催。パンデミック前は25名ほどが定期的に参加していた。2020年3月頃を境に、シアトル近隣の高齢者施設は軒並み一時閉鎖を余儀なくされ、心会も2021年7月まで対面での活動を休止せざるを得なかった。苦渋の決断だった。

このブランクは大きく、新型コロナとは関係なく亡くなった方もいる。ただでさえ高齢者は孤立しやすい。そんな中でのステイホーム、行動制限で人と関わる機会が減り、身体的にも精神的にもマイナスの影響が生じるという悪循環だ。「この2年間は、お年寄りにとって、とてもとても長いものでした」と、智子さんは悔しさをにじませる。

ジェンガの積み木ゲームに挑戦細かい指先の動きが求められ脳の活性化にはぴったり

「心会を再開して欲しい」という声が多く寄せられたが、コロナ下では以前と同じような運営はできない。「感染対策やワクチンに関する考え方も、皆さんそれぞれ違います。お年寄りやそのご家族に無理なく利用してもらうには、どうすればいいのか。試行錯誤の連続でした」と、苦しい胸の内を打ち明ける。「お年寄りを感染させたくないし、自分も感染したくない。そんなボランティアさんの気持ちも尊重したいと思いました」

Zoomを利用したオンラインでの心会開催に踏み切ったのは2020年5月。始めて1年近くは、参加費を取ることはできなかった。しかし、プログラムの内容も充実し、「これなら大丈夫」と確信してからは1時間分の参加費を徴収するようになった。

当然、高齢者にはパソコン操作も難しく、無謀とも思える挑戦だった。家族のサポートは必須だが、その労力を差し引いても「Zoom心会」の試みは好意的に受け止められた。有料制に移行後も人数はほとんど変わらなかった。「もちろん、対面式のほうがいいに決まっています。それでも定期的に顔を見せ合い、『〇〇さん、おはようございます』とひと声かけるだけでも、続ける価値はあると考えました」

歌に合わせて手話で表現みんなで一緒に

オンラインならではの発見もあった。パンデミック直前に問い合わせがあったものの、シアトルから他州に引っ越してしまった人が、リモートで参加し始めたのだ。「これは特殊な例かもしれません。でも、大きな意味を感じています。お年寄りにとって、気心の知れた仲間とのつながりがとても重要なのだと実感しています」

ボランティアの絆とこれからの心会

心会での仕事は天職だと言う智子さんに、あえて辛かった経験についても聞いてみた。すると、あるお年寄りのエピソードを紹介してくれた。

子どもたちとの交流も盛んアメリカ人の子どもにカタカナを教えることも

パンデミック前は、系列の生活支援サービス付きアパート、日系マナーの入居者が心会のアクティビティーに参加する機会も多くあった。このお年寄りは認知症が進んでおり、智子さんの顔を見るたびに、「鍵を返して欲しい」と言い続け、さすがの智子さんもほとほと困ってしまった。心会参加者の7、8割にはなんらかの認知症の症状が見られ、感情の起伏が激しい人もいる。怒りのスイッチが入ってしまった人には、とにかく「私はあなたの味方だよ」と伝えるのが智子さん流だ。すると、向こうも徐々に落ち着きを取り戻すと言う。「『これが正解』という方法はないけれども、その人に寄り添うことが大切だと思います」

2021年8月からいったんは対面式での開催が可能となったものの、現在は再びオンライン開催へと逆戻り。参加者は10名程度にとどまる。ボランティアもパンデミック前の30〜40名から半分以下に減った。智子さんは今後の心会のあり方を、こう考える。「今まで通り、デイケアとしてのサービスを提供しつつ、『あそこに行けば、友だちと会えて楽しい』という、カフェのような役割も果たしていけたらいいですね。支援のレベルが違うと、一方はしんどく感じ、一方は物足りなくなってしまうということも想定されますが、そこはうまく分けながら運営していく必要があります」

クラフトの時間思い思いにオリジナリティーあふれる写真立てを制作

ボランティアに対する感謝と期待の大きさも、心会ならでは。「心会の活動が成り立つのは、ひとえにボランティアの方々のおかげ。皆さん、自分の家族のようにお年寄りに接していて、それが心会の最大の魅力にもなっています。ボランティアさん同士のつながりが強く、心会の輪の広がりは未来の日系コミュニティーにとっても大切。お年寄りの1日1日を人生最高の日にしてあげたい。それが私たちスタッフ、ボランティアさん全員の願いです」。そう訴える智子さんの目は、しっかりと前を見据えていた。


新エグゼクティブ・ディレクター、ドワイト・エドワーズさんが語る日系マナーの魅力

高齢者ケアに長年従事してきたエドワーズさんが、2月に日系マナーのエグゼクティブ・ディレクターに就任。「良質なシニア・ケアを提供し、日系コミュニティーに貢献する」という創設当時の志を引き継ぐ。「日系マナーの雰囲気は、穏やかそのもの。入居者、その家族、スタッフの誰もが、いつもにこやかに過ごしています。日本文化の素晴らしいところですね。私の皮肉やジョークが通じないところが、唯一苦戦するところでしょうか(笑)」

日系マナーの特長は、スタッフの在職期間が長いこと、そして入居者の健康状態が良好なことだと言う。一般的な高齢者施設では入居者の平均年齢が82歳なのに対し、日系マナーは92歳。「101歳以上の入居者も現在5名います。これは驚くべきことです」

入居者の健康管理が行き届き、他の施設でよく見られるような救急搬送の事例もほとんどない。「日系マナーで救急搬送されるケースは毎年平均して9件ですが、これは一般的な高齢者施設の1カ月の件数に相当します。こうした数字が示すように、日系マナーはシニアの方々が心豊かに安心して過ごせる場所だと確信しています」


ボランティアの声
「日系コミュニティーの歴史と多様性に触れられる」

心会のボランティアは、下は高校生から上は90代まで、60代から70代を中心に幅広い年齢層が登録。週1回のボランティアを続けるクリスチャン・マウさん、塩原麻里さん夫妻に、活動について紹介してもらいます。

ボランティアを始めたきっかけは?

クリスチャンさん:2016年にジャパンフェアへ行った際、敬老ノースウェストのボンランティア・コーディネーターにお会いしたのが縁で、心会のドライバーとして利用者の送迎を担当しながら、アクティビティーも手伝うようになりました。日本には20年間住んでいたので、シアトルでも日系コミュニティーとのつながりを持ちたいと思っていました。私の専門は尺八で、ロンドン大学では民族音楽の博士号を取得しました。

麻里さん:私は日本の大学で長年、音楽教育学を教えてきました。「日系コミュニティーを音楽で盛り立てたい」というのが私たちの大きなモチベーションです。

ボランティアをしていて良かったことは?

麻里さん:ある参加者が、同居している「息子の婿」が迎えに来ると言うので、「え?」と一瞬思いましたが、これがアメリカなんだと、心がとても温かくなりました。この国の多様性を肌で感じた出来事です。

クリスチャンさん:高齢者に対する理解を深めるのは重要なこと。何より、お世話をしていると心が満たされます。心会の場合、参加者はもちろんボランティアの中にも、戦時下に強制収容所へ送られた、あるいはそこで生まれたという日系2世の方がいます。そうした人たちの存命中に「隠されたアメリカ史」について聞ける、貴重な機会でもあります。

麻里さん:ここで出会う方は素晴らしい人ばかりで、とても楽しいですよ。


参加者&ボランティア募集中!
敬老ノースウェスト 心会

歌、踊り、ゲーム、クラフト、エクササイズなど、脳と身体を使うアクティビティーを自分のペースで楽しむことができる。和食が中心のランチ、自宅送迎サービス(送迎バスルート内)も喜ばれている。65歳以上で、グループ活動ができること、介助なしで食事、トイレ利用が可能なことが参加条件。1日無料体験も実施中だ。ボランティアは、ドライバー、アクティビティー補助、配膳の手伝いなど多岐にわたり募集している。

日程:月水金10am〜2:30pm ※オンラインまたは対面式
場所:Nikkei Manor
700 6th Ave. S., Seattle, WA 98104
☎206-726-6474
tfaasuamalie@keironw.org
www.keironw.org

シュレーゲル 京 希伊子
フリーランス翻訳家・通訳。外務省派遣員として、92年から95年まで在シアトル日本国総領事館に勤務。日本へ帰国後は、政党本部や米国大使館で外交政策の調査やスピーチ原稿の執筆を担当。キヤノン元社長の個人秘書、国連大学のプログラム・アシスタントなどを経て、フリーに転身。2014年からシアトルへ戻り、一人娘を育てながら、 ITや文芸、エンタメ系を始めとする幅広い分野の翻訳を手がける。主な共訳書は、金持ち父さんのアドバイザーシリーズ『資産はタックスフリーで作る』など。ワシントン州のほか、マサチューセッツ、ジョージア、ニューヨーク、インディアナ、フロリダにも居住経験があり、米国社会に精通。趣味はテニス、スキー、映画鑑賞、読書、料理。