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Nomadland「ノマドランド」〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

孤独だが決して寂しくない

Nomadland
(邦題「ノマドランド」)

最愛の夫に逝かれ、仕事も家も失い、ひとり残された高齢の女が、キャンピングカーに家財道具を積んで旅に出た。行き先のある旅ではない、ただ、生き続ける旅。そんな主人公をアカデミー賞女優のフランシス・マクドーマンドが演じ、近年まれに見る秀作映画が生まれた。若き気鋭の中国出身監督、クロエ・ジャオが指揮を執り、昨年のベネチア国際映画祭では金獅子賞、今年のゴールデン・グローブ賞映画部門では作品賞や監督賞など最多受賞、4月に予定されているアカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞など主要6部門でノミネートされている。

ファーン(マクドーマンド)が長年夫と暮らした町は消失してしまった。町を支えていた企業が不況でつぶれ、住民全員が立ち退きを余儀なくされたのだ。代用教員をしていた当時の教え子と出会って「ホームレスになったの?」と聞かれ、「いいえ、ハウスレスよ。違いがわかる?」と優しく問い返すファーン。ホームは毎日暮らすキャンピングカーだ。

漂流生活はAmazon配送センターでの短期の仕事から始まり、季節労働を求めて雪降る極寒の地から砂漠地帯へ、全米を転々とする生活。タイヤがパンクして、たまたま近くにいたシャーリーン・スワンキー(本人)に助けを求めたファーンは、「タイヤ交換ぐらい自分でできないとこんな生活はしていけないよ」と叱咤される。スワンキーは移動生活の大先輩だ。広大なアメリカの大地には、定住地を求めない現代のノマド(遊牧民)が多くいた。別の地では明るいリンダ・メイ(本人)と知り合い、彼女の勧める大先輩、ボブ・ウェルズ(本人)が主催するノマドの集まりに参加。漂流生活のスキルを学び、移動生活を続ける高齢者の生き方に触れ、次第にノマドの自覚を持っていくファーンだった。

実際にノマドとして生活をした作家、ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション『ノマド:漂流する高齢労働者たち』を読んでほれ込み、映画化権を取得したマクドーマンドが、ジャオにぜひ監督をと声をかけた。つまり、本作はマクドーマンドが作りたかった映画である。実際に彼女はファーンを生き生きと演じ、実在のノマドの女性たちと語らい、笑い、共に働く姿は自然で違和感がなかった。ロケ先で仕事を紹介されたというエピソードもある。

移動生活を美化することなく、その厳しさがきちんと描かれていることも良かった。だが、本作にはノマドの背景にあるこの国の高齢者棄民問題を訴えるトーンはない。焦点は、大きな喪失を体験した女が高齢になって自らを再生させていく姿にある。作中、ファーンが夫の写真を見つめる一瞬のシーンがある。「思い出すことばかりに時間を使い過ぎたわ」と言うファーン。彼女のそれまでの人生は、きっと夫の愛やコミュニティーの温かさに囲まれたものだったのだろう。その全てを失った時、果たして人はどのように再生していけるか。

ファーンはそもそもノマドのハートを持った人だったのではないだろうか。ただ、夫と出会って長く定住をしてしまっただけ。だが、彼女のハートはいつも広大な大地にあった。そんな気がしてならなかった。

定住より漂流、安定より自由を選ぶ人々。スワンキーらの語るノマド暮らしにある豊かさと美しさ、実に孤独だが決して寂しくない生き方に、心の深い部分が共鳴した。

Nomadland
邦題「ノマドランド」

上映時間:1時間48分

写真クレジット:Searchlight Pictures

シアトルではLandmark’s Crest Cinema Centerで上映中。

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。