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風化する暗い過去に立ち向う 『The People Vs. Fritz Bauer』

風化する暗い過去に立ち向う
『The People Vs. Fritz Bauer』
(邦題『アイヒマンを追え!』)

©Cohen Media Group
©Cohen Media Group

1957年のドイツ、検事長のフリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)の元に一通の手紙が届いた。ブエノスアイレスに元ナチス親衛隊アドルフ・アインヒマンが潜んでいるというのだ。アイヒマンはユダヤ人数百万を強制収容所へ送った男で、戦後行方をくらましていた。だが、国も法曹界もナチの過去を忘れたいというムードに覆われ、犯罪追求への意欲を失い始めていた。しかし、ユダヤ人として長年国外亡命を余儀なくされたバウアーは、追求の手を緩めなかった。
実話を元にした劇映画で、ドイツ映画賞の作品・監督賞など6つの賞を得た力作だ。物語は、戦後12年、薄れていくナチ犯罪への関心に対して、執念を燃やすバウアーが、若い検事カール(ロナルト・ツェアフェルト)と共に、イスラエルの諜報機関モサッドとも手を組み、アインヒマンを特定していく様子をサスペンスフルに描いていく。その過程で、カールを通して同性愛行為を犯罪とする当時の法律のあり方も描かれ、時代の特質が立体的に浮かび上がって興味深い。監督・脚本はテレビで長い経歴を持つラース・クラウメだ。
ドイツでは、ここ数年アイヒマン裁判(『ハンナ・アーレント』『アイヒマン・ショー』)やアウシュヴィッツ裁判(『顔のないヒットラーたち』)に題材を取った秀作映画が作られている。ドイツの暗い過去と向き合おうという作品群で、本作もその一つ。バウアーの孤独な闘いを通して、古い傷は早く忘れたいという当時の空気がよく伝わってきた。
同時に、本作を見ながら、瞬く間に風化していく福島原発事故のことを思った。嫌なことは早く忘れたい、というのが人の常なのか。しかし、福島の子どもたちに甲状腺癌が増えている。起きたことをなかったことにすることはできない。
最後に、私怨でナチを追ったのではないバウアーの信念が伝わる言葉を引用したい。「我々の過去との和解は、我々自身を、我々の社会に潜む危険な要素を、とりわけ冷酷な非人間性全てを法の審理にかけることを意味する」

上映時間:1時間41分。シアトルは2日からLandmark’s Seven Gables Theatreで上映中。

[新作ムービー]

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。