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人工関節の感染症予防における抗生物質投与の是非〜健康な歯でスマイルライフ第191回

健康な歯でスマイルライフ

日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。

人工関節の感染症予防における抗生物質投与の是非

高齢や病気のために股関節・膝関節などを損傷し、手術で人工関節に置き換える人は、全世界で年間290万人に上り、2030年には400万人まで増えると予想されています。

2011年以前、米国整形外科学会および米国歯科医師会は、人工関節保護を目的に、歯科治療前の抗生物質投与を推奨していました。血液中から細菌が検出される菌血症が起きると、その細菌が人工関節に付着して感染症につながり、人工関節が使えなくなる懸念があったからです。それが2012年には、菌血症と人工関節の感染症を関連付けるエビデンスに乏しく、抗生物質投与は必ずしも行われるべきものではないとして、ガイドラインを改訂しました。

最近、英国と米国の共同研究チームが人工関節の感染症予防に、歯科治療前の抗生物質投与がどれくらい有効なのかを大規模に調査 し た の で(JADA 154(1):43-52, 2023, M.H.Thornhill et al.,)、今回はこの研究を中心に書いていきたいと思います。

研究の概要

この研究での調査対象は、2,344件の後期人工関節感染(術後感染ではないケース)の患者です。入院前の15カ月間、1,821人が外科的な歯科治療を含む4,614件の歯科処置を受け、そのうち18.3%が歯科治療前に抗生物質を術前投与されていました。

しかし、手術を伴う侵襲的歯科治療と後期人工関節感染発症との間に有意な正の関連性は見られず、また抗生物質投与による有意な影響も確認されませんでした。つまり、人工関節置換手術を受けた患者へ、歯科治療前に抗生物質投与を継続することは、副作用や抗生物質耐性の増加など不要なリスクをもたらす恐れがあると言えます。

研究結果から考えられること

今回の研究は、人工関節を持つ患者さんへの歯科治療前の抗生物質投与を推奨しないとする、2012年の米国整形外科学会および米国歯科医師会によるガイドライン改訂を支持する結果となりました。

しかしながら、免疫機能が極端に低下している患者さんなどは、担当医と連携を取り、場合によっては抗生物質の処方も検討すべきでしょう。人工関節置換手術を受けたことがあり、歯科治療に不安のある方は、担当医に相談してみてください。

歯科インプラントの場合

歯科インプラントもまた、人工関節に類似する歯科治療と思われます。実際、インプラントを埋め込む手術では、抗生物質の事前投与が推奨されることがあります。口腔内ということで、股や膝の人工関節よりもむしろ、歯科インプラントのほうが感染しやすい状況だと言えるかもしれません。

歯科インプラントの術前、術後、どちらにしても、近隣の歯に感染がある場合は、感染源を取り除くための歯の神経治療や歯周病治療が望まれます。ただし、インプラントを埋め込んで安定した状態であれば、ほかの歯科治療を行う前の抗生物質投与は特に推奨されていません。

中出 修
福井県出身。1985 年、北海道医療大学歯学部卒業。1993年、同大で博士号を取得後、講師に就任。 2003年、ロマリンダ大学歯学部卒業。歯科医勤務を経て2005年、タコマ近郊に開業。2006年10月にサウスセンターモール近くに移転。 パンパシフィック歯科医院 Panpacific Dentistry 411 Strander Blvd. Suite 207, Tukwila, WA 98188 ☎ 253-243-7748