80代のある男性は左右の聴力がかなり異なり、耳穴式の補聴器を別の場所で購入して、良い方の右耳だけに3年前から使用していた。耳穴式の補聴器というのは耳の型を取って作られた補聴器で、簡単に装着することを好む方や、できる限り外から見えないものを好む方が選択する補聴器のスタイルだ。左右の聴力がかなり違う場合は、その原因を究明して、腫瘍などがないかを確認する。彼の場合は左耳が昔から中耳炎になりやすく、そのために左の聴力が悪化したようだ。右耳の聴力は左耳に比べれば比較的ましだが、それでも正常な聴力ではなかった。
彼は「補聴器が1個あれば十分だろう。引退して家にいることが多いので、上から3つ目のレベルの補聴器で十分だろう」と判断して、勧められたレベルよりも2つ下のものを購入した。レベルによって価格がかなり異なるので、経済的な観点から、とりあえずお試し感覚で1つを購入した。補聴器のレベルは騒音のある場所での性能を決定する。彼は購入して使用を始めてから、うるさいところで話が聞き取りにくいということに気づき、調整をたくさん行ってもらった。だが結局、補聴器をつけない方がまだ分かるという結論に達し、つけたりつけなかったりという状態だったという。
しかし次第に耳が聞こえないことによる不便さを強く感じるようになり、今回の来院となった。話を聞けば、家にいると言っても1ヶ月に数回は孫やひ孫たちが遊びに来てガヤガヤした状況で話をしなくてはいけないこと、1年に数回夫婦で旅行をしていて色々な状況で説明を受ける必要があること、週に1回のシニア向け社交ダンスの会で指導を聞き取ることができないことなど、引退生活の中でも騒々しい場所での会話が要求されていることが分かった。最近では補聴器を付けていると周囲に分かっても、聞こえるのであればスタイルは構わないと考えが変わってきているようだった。
結局、今回は最高レベルの耳かけ式の補聴器を両耳につけて試すことになった。耳かけ式の補聴器でも髪の毛のおかげで見えないことが多い。聴力がないと思っていた左耳に補聴器をつけた途端、左耳から音が聞こえるのは新鮮だと彼は驚いていた。数日試用したところ、左耳の装着が慣れないこと以外は、電話がはっきりと聞こえた、テレビの音量を低くしても内容が聞き取れるなど、こちらも嬉しくなるような感想を聞くことができた。先日は孫を連れてボーリングに行ったそうで、ボールがピンに豪快に当たる音を聞きながら、孫たちと会話ができて、途中でかかってきた電話にも答えることができたそうだ。
昨日は初めて補聴器をつけたまま社交ダンスに参加したそうだ。その後、あまりにも嬉しかったのか、私に連絡してこられた。彼は嬉しそうに「世界がまったく違う、先生の指示や他の会員との話が聞き取れ、こちらからも話ができて、本当に楽しかった。こんなに楽しかったのは本当に久しぶりだ」と語ってくれた。他の会員は彼の難聴を知っているので、あまり話しかけないようにしていたそうだが、彼から近づいていって話を切り出したそうだ。今年最初の嬉しい感想に、幸先の良いスタートを切れて、こちらも嬉しくなった。
[耳にいい話]