ずいぶん前の話になるが、当時勤務していた耳鼻咽喉院に、40代の女性が耳鳴りで診察を受けに来た。耳鳴りがするのは片耳だけで、ゴウゴウという、うなるような音が聞こえると言い、同じ頃に、飛行機に乗っている時に起こるような耳の閉塞感や圧迫感も、耳鳴りと同じ方の耳に始まっていた。めまいが頻繁に起こり、それが始まると部屋中が回っているような感覚を受け、動いたり立ち続けることができなかった。めまいは突然始まり、20分ほどで治まるものの、その最中に吐き気があることもしょっちゅうで、我慢できずに来院したとのこと。
最初に耳鼻科医が診察し、次に聴力・耳鳴り検査とめまい検査が依頼された。問題のない耳の聴力は正常だったが、問題のある耳は、低音が重度の難聴で、中音にいくほど聴力はよくなり、高音は正常だった。耳鳴りの音の種類と音量の測定も行われた。これらの検査結果から患者は、メニエール病の恐れがあると告げられた。めまい検査は一旦保留にされ、まず、めまいを抑える薬と食事療法が行われた。
メニエール病には、発症原因が分かっておらず、完治できる治療法も存在していない。一説には、内耳の内リンパ液が過剰に生産され、膨れ上がったり漏れたりするのが原因だとされている。そのきっかけには、頭への衝撃、アレルギー、ウイルス感染など、様々なことがあげられているが、一番多いのは精神的・肉体的ストレスだと言われている。発症年齢は比較的若く、20代から50代が多い。男女比ではそれほど大きな差はなく、神経質な人、几帳面な人、完璧主義の人に起こりやすい傾向がある。仕事が忙しかったり、対人関係が上手くいかなかったり、経済的な悩みがあったりと自分では処理できないほどのストレスを抱えた時に、メニエール病を発症するケースが目立つ。現代社会においては、メニエール病になる人は増加傾向にある。一度なってしまえば、半永久的に付き合う必要がある。
この女性に処方された食事療法は塩分摂取の大幅削減だった。減塩食療法を2週間行って再来院。すると、めまいは薬を飲めばすぐに治まり、その頻度も少なくなってきたとのことだった。耳鳴りもほとんどなくなったそうだ。聴力検査の結果は驚くべきものだった。低音の聴力が正常に近いところまでよくなっており、中音は正常になっていた。通常、短期間でここまで回復するケースは珍しいので、非常に喜ぶべき経過となった。通常の食生活に戻ってもよいということになったが、彼女は、良い機会なのでこのまま減塩食事療法を続けると言っていた。
塩分値の高い食べ物や飲み物を摂取すると体液を体内に留めやすくなる。塩分の摂取は、1日1.5から2gまでに留めること、それも一度に摂取するのではなく、1 日かけて徐々に摂取することが重要だとされる。また、日常生活でのストレスを避けることも大切だ。規則正しい生活を心がけ、疲れをため込まないよう十分な休息を取り、日頃からリラックスするよう心がけ、音楽やスポーツなど、自分の好きなことでストレスを解消することが大事だ。メニエール病は誰にでも起こり得る病気なので、記憶の片隅にでも留めていただけるとありがたい。
[耳にいい話]