60代半ばの女性が、昨春に来院した。すでに引退し、夫も他界してひとり暮らし。ここ2年ほど、聴力の変化を感じたり、時々耳鳴りがしたり、また耳が詰まったように感じることが多かった。母親が両方の聴神経に良性の腫瘍ができるという病歴を持つため、自分も心配になっていろいろ検査をしていた。すでにMRI検査の結果は異常なしということで、腫瘍がないことは判明していたが、喘息、高カルシウム血症、骨密度の低下など、さまざまな問題に向き合っているとのことだった。彼女の服用薬リストは3ページにも及んでいた。ひとしきり話を聞いた後、その症状の原因を追究するために、聴力検査をすることになった。
結果は、両耳とも、高音部分で中度の難聴になっていた。右の鼓膜が、内側に少し引っ込んでいるような感じだったが、言語検査の点数は、ほぼ満点。現時点の聴力をこのまま維持できるように補聴器を装着することになった。彼女の場合は保険も適用され、比較的安価に補聴器を購入できた。
補聴器を調整して、扱い方を説明し、彼女の携帯電話と連動するようにも設定した。ひとり暮らしの彼女は、補聴器を1日中装着する必要があるのかと疑問視していたが、私に言われた通り、頑張って長時間装着してくれたようだった。1週間後、左側の補聴器がビープ音をずっと鳴らしているとの報告が彼女からあった。こんなことは滅多にないので、異常だとすぐに判断して交換の処理を行った。使い始めて、このような問題が生じたため、ちゃんと使い続けてくれるかなと心配したが、そのあとのフォローアップでは、トイレで水を流す音はうるさいけれど、補聴器がとても助かっているというコメントをくれた。自宅のテレビの音量も小さくしているし、電話の音量もかなり下げて、スピーカーを使わずに会話ができるようになったと喜んでいた。耳鳴りも気にならず、耳がつんとした感覚もなくなったようだった。補聴器には通常、試用期間が付くのだが、その途中で補聴器をこのままキープすると決断してくれた。
それから8カ月。彼女は、左側の補聴器が少し弱いとのことで、またクリニックに来た。だいぶ耳垢が溜まっていたようで、補聴器と耳の中をきれいにすると、以前のような音量になったと話す。8カ月前に補聴器購入に至ったことは、彼女の人生で良い決断だったと聞いて、私もうれしく思った。彼女は、昨年の終わりに、長年住んでいた家を高価格かつ短期間で売ることができ、娘の住むオリンピアで大きな家を現金で買って、引っ越しをしたそうだ。これで、第2の人生を送る用意は整ったと、とてもうれしそうな顔を見せたのが印象的だった。