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INTERVIEW: デザイナー 筒井美恵子さん

ゴールがない。だから、好奇心が永遠に消えない。
もっと経験を積んで、いろんなことにぶち当たって、そこからまた学んでいけたらと思う

 

デザイナーハウスなどハイエンドの住宅を専門に手がけるシアトルの建築会社でデザイナーとして活躍する筒井美恵子さんに、仕事内容と、ここに至るまでの道のり、今後の目標について聞きました。

取材・文:取材・文:越宮照代

日本ではエステ、IT業界を経験

「日本で働いていた頃は、アメリカでデザイナーとして仕事をするようになるなんて、夢にも思っていませんでした」と語るのは、今年3月からイクマン・コンストラクションでアソシエイト・デザイナーとして働く美恵子さん。その経歴がちょっと面白い。

福岡県の高校を卒業後、地元の東洋医学のエステ専門学校でスキンケア、栄養学などを学んだあと、エステカウンセラーとして東京・青山で数年働いていた。「美容に関心があるという安易な理由でエステ業界に進んだように思います」。仕事の合間にと、趣味でCGデザインやプログラミングを始めた美恵子さんは、どんどんコンピューターに夢中になっていく。顧客のスケジューリングなどにも生かしていたが、やがて本業にしたい気持ちが強くなり、20代半ばにして心機一転、IT企業に転職する。「ここでは、ポスターやカタログのデザイン、展示会の空間デザイン、プレゼン資料の作成などを行っていました。外資系企業の顧客に英語で対応しなければならず、専門知識、交渉能力、英語力まで必要とされました」。数年間、必死で頑張ったが英語の壁は大きく、将来この業界で仕事をするうえで不安を感じ、留学を決意した。2002年のことだ。

「本当はニューヨークに行きたかったのですが、少し前に9.11テロがあったばかり。シアトルにいた友だちの勧めもあって、シアトル・セントラル・カレッジに行くことにしました」。ビジネスを専攻し、ワシントン大学編入も果たす。しかし、デザインへの思いは、筒井さんの心に引っかかったままだった。「ビジネスではなく、情熱を感じているデザインを追求しなくて良いのか、真剣に考えました」。デザインをいかにして職業に結び付けるかを考えながら、悶々とする日々を送った。

「思えば、子どもの頃から風景や家具を描くことが好きで、空間設計のようなものを遊びでやっていました」。それなのに、職業としてインテリア・デザインという選択肢が浮かんでくるまでには時間がかかった。「ワシントン大学に通う中で、インテリア・デザインという専攻があることを初めて知ったんです」。デザイン+ビジネス=インテリア・デザインという答えに、ようやくたどり着いた瞬間だった。

 

シアトルでインテリア、建築のデザインの道へ

将来の目標が見えてきた美恵子さんは、1年後にベルビュー・カレッジのインテリア・デザイン課4年コースに編入した。「その時点ではまだ、インテリア・デザインについての考え方はとても幼かったですね。色がきれいだとか、その程度で」と苦笑する。学校でいざ勉強を始めると、講師の多くが建築畑の出身ということで、建築家の視点からのデザインを学ぶことが多く、自然と建築への興味が湧いてきた。「インテリア・デザイナーは内装設計をし、建築家は外装設計をするというのが大きな違いです。自分の設計を基に1/4のモデルを実際に作る授業では、外壁や内壁の構造、角度による違いを目の当たりにでき、興味深いものがありました」

建築家としての経験から設計上の問題点をいち早く指摘できるのでそれは重宝してもらっているかなと思います

2014年に卒業し、就職したのはシアトルにある建築会社、デザイン・コレクティブ。国内外の劇場、商業施設、一般住宅など幅広いジャンルの建築デザインを手がける。「私の母胎と言ってもいい会社。入社当時はマーケティング分野のグラフィック・デザインを担当していました」。ベルビューにある映画館の商業設計書類、インテリア・デザインにもチームの一員としてかかわり、グラフィック・デザインも担当した。「本当にいろいろなことを学びました」。一生働きたいと思ったほど気に入っていた会社だが、自分の成長のためには今違う分野を経験しておかないと一生その機会はないかもしれないと考え、4年勤めた後、社長の理解を得て転職した。「社長のジェームズ(ブリセット氏)とは今でも仲良くしてもらっています」。人とのつながりを大切にする美恵子さんの一面が見える。

デザイン・コレクティブが建築設計をしたベルビューの映画館。
美恵子さんはインテリア・デザインをサポートし、グラフィック・デザインも担当した
写真提供:The Design Collective

次に入った会社では6カ月の契約で、建築ドラフターとインテリア・デザインを担当。インテリア・デザインの高いスキルを求められたが、経験の浅かった美恵子さんは自分の仕事に完全には満足できていなかったと打ち明ける。「建築に関することには自信があった分、インテリア・デザインの仕事については心残りがありました」。もっといろいろな経験を積みたいと思っていた美恵子さんは、かかわったプロジェクトが完了した時点で、次に契約の決まっていたサンドラー・アーキテクツへ移り、住宅設計書類、カスタム家具の詳細図、インテリアの設計書類を手がけることに。筒井さんを入れて4人という少数精鋭の会社だった。密接に学べるという利点はあるが、保険など福利厚生は整っていない。「悩みどころでした。これから猫2匹を養っていかないといけないし……(笑)」。思案していた時、業界での経験豊富なイクマン・コンストラクションが「経験を持つアソシエイト・デザイナー」という条件で募集をかけていると知り、応募。無事採用された。

イクマンコンストラクションの同僚たちと左端がステーシーイクマン社長

デザイナーとして認められ、
指名で仕事の依頼が来るようになるのが夢

全米で通用する資格取得が目標

イクマン・コンストラクションは高級住宅の新築、改築を専門とする建築会社。顧客とのコンサルテーションから設計、完成までを一貫して請け負う。現在、約10件のプロジェクトが進行中で、筒井さんはほぼ全てにかかわっている。自分の知識と技術で、どれだけ顧客の要望に添ったデザインが提供できるか、というところにやりがいを感じるそうだ。「顧客に直接会って話を聞けるのがメリット。ここでは学ぶことがたくさんあります。自分の時間を削ってでも勉強していかないと」。シアトルはエココンシャスの街と言われ、環境に配慮した公共建築物や商業施設が見られるが、一般住宅はまだまだだと言う。「その点では日本のほうが進んでいるかもしれません。ソーラーパネルや雨水の再利用などは、すごくいいアイデア。提供できるサービスの種類は多ければ多いほど良いので、これからの課題かな」

イクマン・コンストラクションではノース・シアトルにあるカフェのデザインも手がけた。「今後、この経験を生かして、商業施設の仕事も増やしていきたいですね」
写真提供: Eakman Construction

シアトルの建築、インテリア・デザイン業界で働き始めて5年が経つ。さまざまなプロジェクトに携わってきた美恵子さんは、「今では、デザインが一生の仕事だということは、はっきりしています」と断言する。現在は学生時代からの目標でもあるインテリア・デザインの資格、NCIDQ(National Council for Interior Design Qualification)取得に向けて勉強中だ。「この資格を取ると、建築家に近い権限が得られて仕事の幅が広がるんです」。ワシントン州ではまだだが、他州では商業施設の場合、NCIDQ取得者の承認があれば建築認可が下りるところもあると言う。「目標をひとつずつクリアしていきたい。デザイナーとして認められ、指名で仕事の依頼が来るようになるのが夢ですね」

ミッドセンチュリー・スタイルに改装したカークランドのB邸は、美恵子さんが中心で進めているプロジェクト
イメージ提供: Eakman Construction

建築、インテリア・デザインの世界を知れば知るほど、奥が深いことに気が付いたと話す美恵子さん。「ゴールがない。だから、好奇心が永遠に消えない。もっと経験を積んで、いろんなことにぶち当たって、そこからまた学んでいけたらと思う。将来的に、それを若い人とシェアできる時が来たらいいですね」

イクマン・コンストラクション

イクマン・コンストラクションは、主にハイエンド住宅の新築、改築を行っている。美恵子さんはクライアントとのミーティングを始め、その要望に添って設計図(平面図、断面図、3D)、建築許可申請書類の作成をし、配管、照明、床、壁、ドア、ドアノブなどを選び、見積もりを出す。「こうした多岐にわたる作業はひとりでできるものではなく、先輩デザイナーの蛭沼亜矢さんを始めとするチームの仲間、外部の業者の技術と協力を得て初めて実現します」と、美恵子さん。1つのプロジェクトには実に多くの人々がかかわっている。

Eakman Construction
9226 Roosevelt Way NE., Seattle, WA 98115
☎︎206-972-2275 www.eakmanconstruction.com

筒井美恵子デザイナー。大分県出身。ベルビュー・カレッジのインテリア・デザイン課を2014年に卒業後、ジュニア建築家、インテリア・デザイナー、スタッフ建築家としてシアトルで経験を積む。2019年3月、アソシエイト・デザイナーとしてイクマン・コンストラクションに入社。現在も建築、インテリア・デザイン分野で幅広く活躍中。家では2匹の猫と暮らす。

ライター、編集者。関西の出版社に8年勤務の後、フリーライターに。語学留学のため渡米。シアトルのESL卒業後スカジット郡に居住し、エッセイ寄稿や書籍翻訳などを手がける。2006年より『ソイソース』の編集に携わり、2012年から2016年まで編集長を務める。動物好きが高じてアニマル・マッサージ・セラピストの資格を取得。猫2匹と暮す。