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認知症患者が、がんなどの重い病気になったら〜私たちの命を守るヘルスケア Vol.31

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

認知症患者が、がんなどの重い病気になったら


このたび、Japanese SHAREはFLAT・ふらっととして新体制へ移行することになり、本コラムをリニューアルしました。今後は女性のがん患者を対象とした内容にとどまらず、幅広い分野を扱っていきます。今回は、老年医学専門の山田悠史医師と婦人科がん専門の鈴木幸雄医師による、がん治療についての談話をお届けします。

認知症患者が、がんなどの重い病気になった場合、どのように治療を進めますか?

山田:鈴木先生を始めとする、がん治療医にかかる前の段階が、私たち老年医学科の役割と言えます。認知症患者では、本人に治療を選択する意思決定能力があるかどうかで状況が大きく変わってきますので、まずはその判断をします。もし、意思決定能力に欠けているということであれば、本人だけでなく、家族など本人を理解する意思決定代行人と共に、治療の方向性を決めていかなければなりません。ですので、認知症でない患者さんよりもひと手間かける必要がありますが、治療を始めるに当たっては重要なプロセスです。

本人との意思疎通が全くできない状況では、何事も家族に意思決定を委ねることになりますが、実際にはそうでないケースがほとんど。本人、家族での共同作業により意思決定がなされます。その際に必ず注意したいのが、家族は「自分だったらこうしたい」という視点で語りがちだということです。「本人だったらどうだろうか?」と、想像しながら治療を決められるように意識することが大事だと、常に伝えるようにしています。

鈴木:私も基本的なスタンスは同じです。認知症患者のがん治療における大きなポイントは2つ。まずは山田先生のお話の通り、治療前の段階ですね。患者さんが治療に耐えられるかどうかに加え、本人の意思決定能力が十分でない場合には本人の意思をそのままダイレクトにくみ取って治療していくことが困難なため、代理決定のプロセスについて確認していきます。代理決定を行ううえでは、もし本人だったらどこまでの治療を求め、どういった目的で治療し、何を希望するのか、その話し合いを丁寧に進め、チームみんなで想像しながら治療方針を決めます。どうしても、家族の中で強い意見を持つ方に引っ張られがちなので、本人の代わりに決定していくということを、全員の共通認識として持つことが大切です。

そして2点目は、治療のゴール設定についてです。がん治療医としてはこちらも重視することになります。一般的には「がんの治癒」が目標かと思いますが、認知症患者や高齢者では、体力やADL(日常生活動作)が下がっている場合にゴール設定を変えることがあります。たとえば、寝たきりにならないようにする、出血などのある場合には止血をする、という具合に、体調の向上と日常生活のクオリティーを最低限保てるような目標を立てます。

認知症患者ということで、特に気を付けたい点は?

山田:そもそも認知症を発症している時点で、そうでない人と比べて寿命が限られる可能性があります。たとえば、それまで特に健康状態に問題がなくて40歳でがんが見つかった患者さんの場合、「この抗がん剤治療を」「この手術を」などとストレートに話をしますが、認知症の患者さんではそうはいきません。意思決定能力に問題ないかはもちろん、残された時間がどのくらいあって、その時間の中で何を優先したいのかということを明らかにしていきます。つまり、必ずしもがん治療が優先とは限らないのです。

準備段階にかなり時間がかかりますし、40歳の患者さんと比べるとプロセスがより複雑になることが多いかと思います。そこが、大きな違いだと感じます。

鈴木:そうですね、具体的な治療に関しても、がんを取り去るとか、再発させないとかではなく、制限のある中でゴール設定を考えていかなければなりません。がん治療医と家族は、どうしても病変を治すことばかりに集中してしまうので、たとえ本人の体力から考えて行き過ぎた治療でも、やめられなくなることがあります。

きちんとゴール設定をして、本人の望む方向、生活の質が保たれるようにすることが何より大切だと考えています。

山田悠史■米国老年医学専門医。マウントサイナイ医科大学老年医学・緩和医療科所属。ニューヨークで臨床医として活躍する傍ら、日本のニュース・メディア「NewsPicks」の公式コメンテーター。また、講談社ウェブ・マガジン「mi-mollet(ミモレ)」での連載や、音声コンテンツ「医者のいらないラジオ」配信なども行い、多岐にわたって活動。2023年1月に上梓された『健康の大疑問』(マガジンハウス新書)が絶賛発売中。在米日本人の生活と医療を支えるNPO、FLAT・ふらっとの代表メンバー。
鈴木幸雄■医学博士。婦人科腫瘍専門医。これまで多くの子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん患者における手術、化学療法を担当。がん予防に関する健康行動理論の構築をテーマに博士号取得。現在はコロンビア大学メディカルセンター産婦人科博士研究員として臨床研究に従事。産婦人科専門医・指導医、女性ヘルスケア専門医、細胞診専門医、腹腔鏡技術認定医でもある。横浜市立大学産婦人科客員研究員。在米日本人の生活と医療を支えるNPO、FLAT・ふらっとの代表メンバー。
FLAT・ふらっと
2013年から続く乳がん・婦人科がん患者サポート団体のJapanese SHAREが、2023年4月1日より、ニューヨークを拠点とした非営利団体、FLAT・ふらっとに活動の場を移行。乳がん・婦人科がんのほか全てのがん患者、高齢者、スペシャルニーズのある子どもの保護者を対象とし、在米日本人コミュニティーを健康と医療の面から支える。