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家族に贈る最大のプレゼント「アドバンス・ケア・プランニング」〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療施設で今、私たちができることを探ります。

家族に贈る最大のプレゼント
「アドバンス・ケア・プランニング」


皆さんはアドバンス・ケア・プラニング(ACP)をご存じですか? 日本では「人生会議」とも呼ばれています。私は緩和ケア医として大学病院で働いていますが、具合が悪くなって入院する患者さんの中には、もうどうやっても助からない、いわゆる終末期の患者さんもたくさんいます。自分でどういう治療を受けるか決められれば良いものの、あまりに具合が悪いと、まともにコミュニケーションが取れないこともあり、医師は家族など近しい人と相談しながら治療方針を決めなくてはなりません。そういったときに備えて、あらかじめ話し合っておきましょう、というのがACPです。
具体的には以下の3つが含まれます。
① 本人の人生観、価値観をシェアする会話
② 意思決定代理人(Health Care Agent)の指定
③ 具体的な治療に関する希望を記した事前指示書(リビング・ウイル)の作成
この中でいちばん大切なのは①です。アメリカで生活している場合は②も重要。たとえば、ある高齢者に子どもが3人いる場合、意思決定代理人を決めておかなければ、3人全員が合意しないと物事が進みません。しかし、そのうち誰か1人を指定しておくと、その1人が同意するだけで良いわけです。日本と違い、アメリカでは意思決定代理人が法的な決定権を持つため、事前に指定しておきましょう。
問題は③です。「万一の時は延命治療を望みますか?」とか、「食べられなくなったら胃ろうを希望しますか?」とか、何らかの治療に関して決断を下すことがACPであり、言い換えると、それができなければACPが完了しない、と考えている医療者をよく目にします。ところが、これは大きな間違いです。
確かに、将来に受ける治療の希望について、書類に残しておくに越したことはない、そんな気がしてしまいます。でも実際には、①がしっかりと共有されていない中で③の書類だけあっても、あまり役に立ちません。いくつもの研究で、家族が③の書類に従って治療の方針を決めることはできないと報告されています。
たとえるなら、1年後の夕食に何を食べるのか、あらかじめ決めることに似ている、とも言えます。1年後のその日は、暑いかもしれないし、寒いかもしれない。そのときに何を食べたいか、なんて決められないですよね?
それよりも、その手前の段階を明らかにしておくほうが良いのです。たとえば、「洋食よりも和食が好き」とか「夕食に麺類はあり得ない」とか。大まかな好みを知っているほうが役に立ちます。それに当たるのが①です。
ただ、人生観、価値観、と言われても、何を話していいのかよくわかりません。私がよくおすすめするのは次の4つの質問です。
1)自分が楽しみにしていることって何ですか?
2)自分の生きがいって何ですか?
3)今後、状態が悪くなったときに、いちばん気がかりなことって何ですか?
4)「〇〇になったら生きていたくない(死んだほうがまし)」という考えはありますか?
皆さんは、この4つの質問に答えられますか? もし答えられるのであれば、それを自分の大事な人と共有しておくことは非常に大切です。これは自分のためと言うよりむしろ、周りの人のためにこそ必要。家族の気持ちになってみてください。あなたの生死がかかった決断を下さなくてはいけないときに、何の手がかりもない。そのプレッシャーたるや生半可なものではありません。一生残る深い傷を家族に刻むこともあるのです。
「ACPで自分の思いを共有することは、自分が周りの人に贈る最大のプレゼントである」と、私は信じています。これを読んだら今日にでも、家族と会話を始めてみてください。

中川俊一■内科医、老年医学医、ホスピスおよび緩和医療医。北海道大学医学部卒業後、クリーブランド・クリニックの肝移植フェロー、同クリニック内科レジデント、マウント・サイナイ医科大学老年内科フェローなどを経て、現在はコロンビア大学医学部で緩和医療科入院部門のディレクターを務める。
@snakagawa_md