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プリンシパルプログラムマネジャー 吉田大貴さん、チーフオブスタッフ 吉田まみなさん

一風変わった経歴を持ちながら、共に華々しいキャリアを築く吉田大貴たいき さん、まみなさん夫妻。結婚生活もまた、独特のようです。人生にも夫婦にもいろんな形があっていい。インタビューを通して、そんなメッセージが伝わってきました。

取材・文:ジェジュン・ジョン 写真:本人提供

吉田大貴 ■ 1990年、大阪府豊中市生まれ。興味にまかせて学んだIT系の情報をネットで発信していたことがきっかけで、2018年、マイクロソフトに日本地区技術営業担当として採用される。2019年、製品開発チームへ異動し、2021年に渡米、レドモンド本社勤務を開始。
ブログ「吉田の備忘録」:https://memo.tyoshida.me @TaikiYoshidaJP
吉田まみな ■ 大学卒業後、文科省の研究所、外資系コンサルティングファーム、日系メーカー、日本マイクロソフトで通算10年の人事経験を持つ。独学でITエンジニアへのキャリアチェンジを果たし、渡米後は出産を経て、マイクロソフトのレドモンド本社で北米地区担当エンジニアに。2023年より日本でAKKODiSコンサルティングに勤務。
@PinkChickJP
高卒バイトからGAFAMエンジニアに
現在はマイクロソフトでプリンシパルプログラムマネジャーとして、生成AIを使った技術的プロジェクトなどに携わる大貴さん。しかし、何もかもが順風満帆という人生ではなかった。
大阪で生まれ育ち、日本のインターナショナル・スクールから、11歳でイギリスのキングス・カレッジ・トーントン・スクールへ入学するも、高校卒業後は家庭の事情で日本に帰国。大学進学を断念せざるを得ず、マクドナルドでアルバイトをする日々を送った。やがて地元工業団地でITヘルプデスクの派遣社員として勤務し、3カ月で正社員登用され、ITキャリアをスタート。もともと興味のあったテクノロジー業界でつかんだ正社員の職だ。ここから大貴さんの躍進が始まる。
イギリスのキングスカレッジトーントンスクール時代大貴さんが士官候補生として在籍していた陸軍部
日本本社とタイ子会社への基幹システム導入を成功させた実績から、まず2014年にシステム会社への転職を果たす。そして2015年、アメリカのIT会社への入社面接に合格するも、ビザの要件として大卒が必須だったため、3社目の転職はならず。それならと、2016年に日本で別のシステム会社へ転職したのを機に、大貴さんは大学を受験。無事合格すると、平日は東京で仕事、週末は兵庫の大学で勉強という過酷なスケジュールをこなし、1年も遅れることなくきっちり4年間で卒業した。
その間、エンジニアとしてのキャリアは右肩上がりで、ITコミュニティーやボランティアを通して、一緒に学び合える仲間もできた。コーディングの知識がなくてもアプリケーション作成が可能なMicrosoft Power Appsに夢中になり、2017年からは趣味が高じてネットでIT情報の発信を始める。
2017年にはEYストラテジー・アンド・コンサルティングへ入社したものの、わずか8カ月で退職し、高卒ながらマイクロソフトへの転職で夢をつかんだのは2018年のこと。2019年には製品開発チームに加わり、ついにPower Apps のユーザーから開発者へ。まさに人生が大きく変わった瞬間だった。
人事畑出身でエンジニアの道へ
一方、まみなさんは、製造業が盛んな愛知県の出身。幼い頃から労働者や労働環境に関するニュースが身近だった。
「働く人がハッピーになれる社会を作りたい」との思いから、社会人になって選んだのは人事の分野。大学を卒業して国の研究機関、外資コンサルなどで経験を積み、マイクロソフトへの転職を果たす。同社の企業ミッション「Empower every person and every organization on the planet to achieve more.(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)」が自分の人生のビジョンと一致していたことが、その理由だ。
人事部で働く中で、運命の出会いが訪れた。社内の勉強会で、自身が担当する製品の爆速デモを披露していた大貴さんにピンと来てしまったのだ。まみなさんの中ではすっかり「推しエンジニア」となり、デモの感想をまとめた手紙を渡したり、イベント登壇後に差し入れをしたりと、「推し活」がライフワークに。
ふたりの関係がグッと近づいたのは、大貴さんのイギリス休暇中。まみなさんは急きょ航空券を買い、会いに行くことにした。そして、連絡を受けた大貴さんも、交際0日プロポーズで、まみなさんの気持ちに応える。傍から見ると、なんともクレイジーな展開で結婚に至った。
同時期、まみなさんに、エンジニアの仕事にチャレンジしてみたいという願望が芽生える。マイクロソフトで働くうち、自分のビジョンを実現するにはテクノロジーが不可欠と考えたのだ。
大貴さんほか同僚エンジニアから指南を受けながら、週末に猛勉強。テクニカル・インタビューに受かるまでに実力を付け、キャリアチェンジに見事成功した。ただ、最初は知識不足が著しく、毎朝早めに出社して自主勉強をすることが当たり前だったそう。そんな努力が実を結び、徐々にエンジニアとして結果を残していく。
▲2019年、「#IAmRemarkable」(https://rmrkblty.org)の日本語ワークショップを行った時のまみなさんと参加者たち。女性など過小評価を受ける人々の自信を引き出すため、グーグルが世界的に取り組むプログラムだ
シアトルでの新生活

幼少の頃から海外志向の強かった大貴さんだが、マイクロソフトに入ってからはシアトル出張の機会もあり、海外移住が現実味を増す。短期間でアプリケーションを開発し、そのアイデアや技術力を競い合う大会「ハッカソン」で優勝したことは、海外で十分にやっていけることの証明になった。

海外転勤は簡単ではないが、大貴さんのポテンシャルを信じた当時の上司の働きかけにより、特別にポジションが用意された。当時はパンデミック宣言が出たばかりの頃。コロナ禍でリロケーション・パッケージ(雇用主による金銭的なサポート)もないという厳しい条件だった。しかし、このチャンスを逃すわけにはいかない大貴さんは意思を貫き、2020年秋にビザを取得。2021年5月、ついに夫婦でのシアトル移住が決まった。
◀︎2023年、大貴さんはマイクロソフトのエグゼクティブ・ブリーフィングのスピーカー3,000人から日本人でただ 1人、ト ッ プ クラスの新人スピーカーを表彰するライジング・スター・アワードを受賞
大貴さんとまみなさんは、結婚契約書を取り交わし、ふたりの間でのルールを明確にしていた。それぞれのキャリアについても記載され、優先度はかなり高かった。そのため、まみなさんは特に不満や不安がなく、帯同に際しもめることは全くなかった。折しも、妊娠がわかり、渡米は産休と重なるタイミングでもあった。
渡米1日目でアパートを見つけ、1カ月で車を購入。4カ月で双子が誕生し、8カ月後には持ち家も手に入れ、家族4人でのシアトル生活の基盤が整っていった。夫婦での双子育児は完全シフト制。まみなさんが日中の世話を、大貴さんが夜中の世話を担当した。大貴さんの育休明けからはフルタイムのナニーも活用。まみなさんはアメリカでの仕事を探し始め、マイクロソフトのレドモンド本社、北米地区担当のサポートエンジニアとして再就職を決める。だが、まみなさんは自身の心境の変化に気付く。同じマイクロソフトでも、日本と違い、レドモンド本社には各分野に精通したエンジニアが何人もいる。同じ土俵で戦うには分が悪い。このままエンジニアとして働いても、トップを取るのは難しいのではないか。

▲現在、大貴さんが所属するマイクロソフトのPower CATチーム

これまでのキャリアを生かし、自分がより多くの人に貢献するには、エンジニアのバックグラウンドがある人事がいちばんと思い直したまみなさんは、再び転職活動に取り組む。そして、まみなさんをヘッドハンティングしたいというグローバル企業から声がかかった。
だが、そのポジションは日本がベースだ。それでも大貴さんは、お互いのキャリアを尊重する結婚契約書通り、まみなさんの決断をすんなり受け入れた。
超遠距離結婚でキャリアアップ

▲2023年、マイクロソフトのレドモンド本社でのキャリア・イベントで、まみなさんが登壇

大貴さんは当面、レドモンド本社で働き続けたいと考えている。今のポジションはプリンシパルプログラムマネジャーという、非管理職のエンジニアの中では最高位の職に当たるが、中長期的にはピープルマネジャーになることが目標。ピープルマネジャーは、チームのメンバー個々のパフォーマンスを上げる役割を担う。ピープルマネジャーとしてチームを率いる立場となれば、今より大きなインパクトを与えられる。

▲パソコンでの事務作業を自動化するツール、RPA(Robotic Process Automation)のエキスパートである大貴さん。2019年、日本のコミュニティー・イベントのゲスト・スピーカーとして登壇したことも
そ の た め の 布 石 と し て、建 造 物 デ ザ イ ン 会 社 のEmpassion LLCを立ち上げ、部下を採用したのも大貴さんらしいエピソードだ。ビザのスポンサーとなり、1社目の財務会計システム導入に携わった経験を生かして経理業務を自分で行い、マネジャーとしての基礎を身に付けようとしている。また、近年中にMBAやコンピューター・サイエンスの修士号など、新たな学位の取得も考慮に入れる。
2023年大貴さんほかアメリカのPower Platformのコミュニティーメンバーが集合したイベントにて
◀︎パンデミック前には、イギリスのPower Platformのコミュニティー・メンバーとロンドンで懇親会も
まみなさんも、日本での転職先のポジションにとても満足している。人材育成・獲得に携わるだけでなく、経営層へ事業戦略の提案も行い、新規事業の立ち上げ責任者を任されることに。これまで培ってきた人事のキャリアはもとより、日米のマイクロソフトでエンジニアとして働いた知識や経験も役立っている。人をエンパワーしたいというビジョンは今も変わらない。より大きな影響力を持ち、本領発揮できる今の仕事が楽しいと話す。
遠距離の結婚生活はどうか。根本は同じだと、ふたりは口をそろえる。大貴さんいわく、シアトルと東京は直行便でつながる「隣駅」であり、周りが考えるほど大変ではないとも。
▲夫婦の趣味はXboxのゲーム。「Call of Duty」シリーズを一緒にプレーする
まみなさんは子どもたちと日本で暮らす。双子が共に発熱し、入社式に出られないと大貴さんに連絡した30分後、大貴さんが会社のマネジャーに日本行きを伝えたその足ですぐさま飛行機に乗り、翌日に家族の元に駆け付けたこともあった。
▲ないものは何でもDIYというふたり。大貴さんは渡米後、スイーツ作りにハマっているのだとか。写真は代表作のアフタヌーンティー
▲アメリカ生活で憧れていた、天井まで届くクリスマスツリーと双子の子どもたち
キャリアも、夫婦生活も、良い意味で常識の斜め上を行く大貴さんとまみなさん。前例のない生き方も自分たちで道を作るだけと、あくまで自然体だ。どんな困難も乗り越えていけるに違いないふたりの心持ちに、勇気付けられる方も多いのではないだろうか。