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橋森ゆう希さん〜音楽家/バイオリン奏者

表紙写真とも©️Junichiro Matsuo

オーケストラの花形であるバイオリン奏者として、幼少期から認められ、稀有な経験を積んだ橋森ゆう希さん。今も多方面から仕事の依頼が絶えません。インタビューで興味深い逸話を聞かせてもらいながら、偏見がなく、物事に動じず、全てをあるがままに受け入れて生きているフラットな人だという印象を受けました。

取材・文:渡辺菜穂子 写真:本人提供

橋森ゆう希■埼玉生まれ。3歳よりバイオリンを始め、数々のコンクールに最年少で受賞。11歳でザハール・ブロン教授に師事し、ケルン音楽大学の特待生となる。バイオリン奏者として世界的に活躍する中、2007年、シュムエル・アシュケナージ氏に師事するため渡米。2011年にルーズベルト大学シカゴ校パフォーミングアーツ音楽院を卒業。現在は日米を往復する二拠点生活を送り、後進への指導やジャンルを超えた音楽活動などにも携わる。
幼少期からメディアで注目される
コンミスを務めるエール管弦楽団で早稲田大学ビジネススクールとコラボ。3月20日(水)には、鹿児島読売テレビ開局30周年記念イベントに出演予定
日本の若手音楽家が中心となり結成されたエール管弦楽団で、首席奏者であるコンサート・ミストレス(以下コンミス)として新しい形のクラシック・コンサートを作り出している橋森さん。TVドラマにおける、劇伴の演奏や俳優への音楽指導も担う。また、ソリストとして各国の交響楽団と共演したり、室内楽やソロ演奏を行ったり、世界的ミュージシャンのコンサート・ツアーやレコーディングへの参加もする。そのうえ、アフリカ学校建設プロジェクトのためのチャリティー・コンサート開催など、社会貢献にも積極的だ。後進への指導にも力を入れ、教えている生徒は3歳から大人までと幅広い。その活動は多岐にわたるが、「バイオリン奏者として演奏することと、そのほかの仕事をあまり分けて考えたことがないのです」と、橋森さんは言う。
「これまで師事した先生方から、どんなに演奏の仕事が忙しくても、人に教えることや伝えることを絶対に止めてはいけないと言われてきました。私自身、それを実践している素晴らしい音楽家たちに教わることができました。百年も前から生き残ってきた文化も、自分の中で温めているだけでは価値がありません。人に与えて、次の世代につなぐこと。それには、子どもたちにとって憧れとなる存在でもいなければ」
バイオリンを始めたのは3歳。両親ともプロの音楽家ではないが、音楽好きだった。「私は小さい頃も今もずっと小柄ですが、音楽を始めるのにバイオリンなら3歳の小さな手にも合う16分の1サイズの楽器があるんです」。幼い頃は友だちと遊んだ記憶もなく、ずっと練習の日々。しかし、強制されたわけではない。昼寝から覚めるとまた新しい日が始まったと錯覚して、再び「今日の練習」を繰り返すような子どもだったそう。
最初のTV出演は、小学2年生の時だ。巨匠、アイザック・スターン氏の公開レッスンを受けるというドキュメンタリー。全国からのオーディションで選抜された10人のうちの1人で、橋森さんは最年少。同時期に、数々のコンクールで最年少でありながら優勝したことで、「新・題名のない音楽会」や「たけしの誰でもピカソ」などの番組で特集が組まれるように。以降も、橋森さんの経歴にはさまざまな受賞、公演、仕事がずらりと並ぶ。
イギリス発の多国籍ボーカル・グループ、イル・ディーヴォの日本ツアーのリハーサルにて

「芸能人格付けチェック!」で(株)日本ヴァイオリン提供のストラディバリウスの聴き分け演奏を

クラシックを身体で理解
橋森さんの人生に最も影響を与えた出来事は、何だろうか。「ドイツ留学ですね。それが全ての始まりです。あの頃の、良くも悪くも壮絶な生活がなかったら、今の私の演奏スタイルもメンタルもなかったでしょう」
11歳の時、当時世界一と言われていた名教授、ザハール・ブロン氏の前で演奏をし、すぐに弟子入りを打診された。小学校卒業を目前としながらもドイツに発ち、ケルン音楽大学の特待生となる。と言っても、その暮らしはケルンにとどまるものではなかった。
ブロン教授は橋森さんを含む内弟子たちを連れて、国を移動しながら指導する。今週はフランス、来週はロシアなどと世界中を回り、その先々でレッスンとコンサート、時にレコーディングやTV出演もするのだ。「それをあの年齢で経験したことは貴重です。大人になってからでもできたのかもしれませんが、幼く、まだ概念などもないような時期にパーンと放り込まれたのが、今思えば良かった。日本の小学校にいては想像すらできない貧困の差にも直面しました。(1980年代後半の)サンクトペテルブルクでは、道端でおばあさんが亡くなっていて、布がかけられただけの死体が放置されているのです」
恩師であるアシュケナージ氏と

内弟子の中でも最年少だった橋森さんは、ケルンの小中学校に籍は置くも、たまに通えるくらい。「政治や戦争は、音楽から切り離せません。チャイコフスキ―の曲は、ロシアの、あの大きさや歴史から生まれたということを、身体で理解するのと、想像だけで演奏するのでは差が出ます。アジアの小さな島国にいたままではわからないことです」
アメリカでの学びも大きかった。世界を転々とする生活を終えた後に出会ったのが、シュムエル・アシュケナージ氏。高名なフェルメール・カルテットの第1バイオリン奏者で、ソリストとして独創的な演奏をするブロン氏とは異なり、室内楽奏者としてメンバーと共に曲を作り上げるスタイルに魅力を感じた。「私にないものを全て持っていて、まだまだ学ぶことがたくさんあると思いました」。そんなアシュケナージ氏が拠点とするシカゴに移住し、ルーズベルト大学シカゴ校パフォーミングアーツ音楽院に奨学生として入学した。
「アメリカの大学には、目に見えないものをどのように具体化していくかを学ぶ授業が多くあります。たとえば、音楽をビジネスとしてどう取り扱うか。日本の音大などでは、そこが欠落しがちです。大学時代に日本で東日本大震災が起き、シカゴのメディアを集めていろんな企画を実現できたのですが、それもアメリカの教育で鍛えられた成果のひとつです」
シアトルでは「ジャパンフェア」や現地校などで、演奏、講演を行った
音楽と子どもとまた音楽
エール管弦楽団の衣装をコラボレーションで手がけてもらったコシノジュンコさんと

橋森さんは大学卒業後に結婚し、米国内のいろいろな州に移り住みながら音楽の仕事を続けていた。しかし、出産を機に生活が一変する。仕事と子育てとの両立が難しくなり、日本の両親の近くへと、一時的に居を移す決断をした。
だが何より、自分自身そして音楽への影響が大きいと言う。「子どもを産んで、性格まで変わった気がします。それまで目に入っていなかった世界の存在も知りました。出産前も、バイオリンを教えながら子どもから気付きを得ることは多々あったのですが、わかったようなつもりでいただけでした」
子育てを通して、改めて音楽の大切さも実感。日本は「未就学児お断り」が多く、小さな子どもが本物のクラシック音楽に触れる機会は限られる。たまにあっても、うるさくして構わないような子ども向けの音楽イベントになってしまう。「そうじゃなくて、子どもこそ本物を聴かなければいけないし、生演奏に触れることが大事なんです」
橋森さんは日本の英語リトミック教室でゲスト講師もしている。子どもたちに至近距離で本物の生演奏を体感させることが目的だ。また、コンミスをしているエール管弦楽団では、4歳から会場に入れるよう定めた。「男の子を育てているのですが、3歳までは本当に座っていられなくて、4歳子どもこそ本物を聴かなければいけないならと。母目線での絶妙なさじ加減ですね」。もちろん、演目も大人が聴くものと同じ、本物のクラシック音楽だ。
英語リトミック教室で、16分の1サイズのバイオリンを紹介
2022年夏からは、一家でシアトルに暮らす。現在も日本で多くの仕事を抱えているため、日本から近いシアトルは移住地として最適だった。
今、シアトル x聞いてみた。「日本でバイオリンを頑張っている子どもたちを、こちらに呼んでみたいですね。若いうちに海外へ出る機会を作ってあげたいんです。あとは、クラシックの音楽祭ができたらと考えています。小さくてもいいから、何日間かにわたって、さまざまな楽器、アンサンブルを組み込み、マスター・クラスや演奏会もあって、大人も子どもも巻き込むような……」
橋森さんのバイオリンを「香り立つような揺らぎの音色」と評した人がいる。素敵な表現ではあるが、音楽はひと言で語り尽くせるものでもない。「子どもにこそ本物を」と橋森さんが訴えるように、音を描写する語ご い彙を持たない子どもこそ、音楽の本質をそのまま受け取れるのかもしれない。幼少期から音楽家であった橋森さんは、自らの人生を通してそれを理解できるのであろう。
俳優の谷村美月さんにバイオリンを指導。TVドラマで谷村さん演じる役の吹き替え演奏の撮影に向け、同じ服装と髪型にしている
◀︎▲昨年12月には、日本を代表する声優陣と共に東宝の音楽朗読劇「ヴォイサリオン」に出演
Yuuki Hashimori Violin Academy

ベルビュー・スクエア付近で、3歳以上を対象に、初心者からアドバンスまでのバイオリン・レッスンを日英両語で提供。対面・オンライン・単発レッスンから選べ、学校での楽器選択授業、ソルフェージュの基礎までカバーする。料金や場所の問い合わせ、相談は下記まで。
yuuki.hashimori@gmail.com
www.yuukihashimori.com

2月11日(日)にミニコンサート開催決定! (詳細はニュースをチェック!)

北米シアトル在住のライター/編集者。現在はフリーランスとして、シアトル情報全般に関わる取材&執筆を引き受けている。得意分野はアート&エンターテインメント、人物インタビュー、異文化理解。元『ソイソース』編集部員。ピアノ、さる、旅、日本語の文法分析が好き。