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映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』 俳優 西島秀俊氏 × 監督 真利子 哲也氏〜スペシャルインタビュー

「バベルの塔」で、僕らは何を見つけるのか
映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』
俳優 西島秀俊氏 × 監督 真利子まりこ 哲也氏

取材・文:中島雅紘

ニューヨークを舞台に、家族の断絶と再生を描いた映画。息子の失踪を機に、夫婦はそれぞれの過去と向き合います。アメリカ人の話す英語の奔流、妻の家族が交わす中国語、また、無意識に割り振られた社会的役割、貧困と隣り合わせの生活感……あらゆる隔絶が緻密に描かれる中で、それでも生きることを決意する西島さん演じる賢治の姿。本作を通して突きつけられた「破壊の先に創造はあるのか」という問いを胸に、主演の西島秀俊さんと真利子哲也監督に話を聞きました。

西島秀俊■大学在学中に俳優活動を開始し、1992年に本格デビュー。『ニンゲン合格』(1999/黒沢清監督)、『Dolls ドールズ』(2002/北野武監督)などに出演。主演作『ドライブ・マイ・カー』(2021/濱口竜介監督)では、米アカデミー賞国際長編映画賞を受賞。近年は『首』(2023/北野武監督)、『Sunny』(2024/Apple TV+)など国内外の作品で活躍中。
真利子哲也■独自の創造性で注目を集める映画監督。長編デビュー作『イエローキッド』がバンクーバー国際映画祭で受賞。『ディストラクション・ベイビーズ』ではロカルノ国際映画祭最優秀新進監督賞などを受賞。『宮本から君へ』では日本と海外で高い評価を得た。2019年よりハーバード大学客員研究員として滞在し本作の構想を練った。
Photos courtesy of Roji Films TOEI COMPANY LTD

真利子哲也監督。言葉の先にある「感情の輪郭」を見つめて

―今回の映画制作を、作中でも描かれた「バベルの塔」にたとえると、どのくらいの高さまで到達できたと感じますか。
真利子監督:まさに「バベルの塔でどこまで行けるか?」という大きな挑戦でした。想像していたよりもずっと高く到達できた実感があります。現場では英語や韓国語、スペイン語、手話が飛び交う中、関わった全ての人が、我々が何をしようとしているのかを懸命に理解しようとしてくれました。「良い作品を作る」という共通目標があったからこそ、お互いを理解し合えたのだと思います。
西島さん:真利子監督同様に想像していたより高い塔になったと思います。まず、素晴らしい脚本がありました。そして「映画を作る」ということ自体が共通言語のようなものを生み出し、撮影は想像していたよりもずっとスムーズに進みました。もちろん、言葉が分からないことによる戸惑いはありました。たとえば、劇中でジェーンの両親の家を訪ねるシーンでは、脚本があるので何が起きているかは分かっているものの、交わされている言葉自体は全く分からない。言語はただの音の違いではなく、その背景には文化があり、そこには全く違う世界があると感じました。そういう異なる文化や価値観が交わる中で、我々は塔の土台を築いたのだと思います。そして、この塔の本当の高さは、これから観客の皆さんがどう積み上げ、どう受け止めてくれるかで決まるのかもしれません。
Photos courtesy of Roji Films TOEI COMPANY LTD

本音をぶつけ合うジェーン(グイ・ルンメイ)と賢治(西島秀

―作品作りの中で、記憶に残った場面はありましたか?
西島さん:グイ・ルンメイさんの演技は本当に素晴らしかった。撮影初日から最後まで、彼女の全てが素晴らしかった。同じシーンを何度繰り返しても、毎回違い、どのテイクもパーフェクトな演技をする。すさまじい集中力でしたね。僕自身は見ることができなかったのですが、初日に撮影された一人人形劇のシーンでは、「ここまでのことをやるのか」と現場の空気が、高まったといいます。
真利子監督:ダイナーの外でジェーンが賢治に激しく感情をぶつけるシーンは、脚本では描ききれなかった部分を書き足して、実際、どうなるか分からないまま新たに撮影したものでした。編集でその映像がつながったとき、「撮ってよかった」と心から思いました。

―映画全体を貫くテーマとして「破壊と再生」があると感じました。破壊の先に創造はあると思いますか?

真利子監督:創造的なことに限らず、日常の中で「もうどうしようもない」と感じるようなことがあっても、その先にはきっと何かがあるはずだと信じたいですね。
西島さん:僕はこれまで、常に「破壊して創造する」という姿勢でキャリアを歩んできました。昨年の独立もその一環です。より世界を理解し、良い演技を追求する。自分を前に進めるための未来は「破壊の先」にしかないと思っています。もちろん、無理に壊す必要はありませんが、どうしても行き詰まる瞬間は、誰にでもあるのではないでしょうか。

―最後に、シアトルのような多文化都市で暮らす日本人や日系人に向けてどんなメッセージを届けたいですか?

真利子監督:僕自身は多文化社会の当事者ではありません。だからこそ、そうした人たちに丁寧に取材を重ねながら脚本をつくりました。おそらく、観る人それぞれが持ち帰る感情は違うと思います。世界のさまざまな場所で暮らす人たちが、自分ごととして感じてもらえる作品になったらうれしいです。

西島さん:僕が演じた賢治は、不完全で矛盾を抱え、トラウマに囚われた人物です。母国でない国で暮らしていると、自分が何を信じ、何を大切にし、何を愛しているのかを、より試される機会が増えると思います。自分の愛情が独りよがりでなく、相手をおもんぱかるものなのかを突きつけられることも多いでしょう。そうした思いを抱えている方にこの映画を観ていただきたいです。観終わったとき、不思議な爽快感があると言われます。きっと何か一条の光のようなものを感じてもらえるのではないかと思っています。

 

インタビュー後記

現代社会は新たなバベルの塔を築いている最中なのだと感じました。さまざまな人が共に生きる日常の中で、たった一人の「親愛なる見知らぬ誰か」とつながろうとする努力が、一条の光になり得るのではないでしょうか。破壊の先で、私たちは何を、そして誰のために築こうとしているのでしょうか。バベルの塔は伝説の中で未完の象徴として廃墟のように描かれていますが、その物語には今なお語り継ぐ価値があるように思います。果たして、現代のバベルの塔はいつか完成するのでしょうか。そんな問いが渦巻く深い時間を過ごすことができました。