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トモ・ナカヤマさん – シンガーソングライター

カテゴリーを超える、新しい挑戦
シンガーソングライター トモ・ナカヤマさん

シアトルを拠点に活動する人気ミュージシャン、トモ・ナカヤマさん。日本でも、「奇跡の唄声」と注目を集めています。その幼少期から現在までを振り返り、自身の音楽への向き合い方について語ってもらいました。

カメラを構えるとお母さんが見るからねと満面の笑みを見せてくれたトモさんその人柄が窺える

トモ・ナカヤマ(Tomo Nakayama)■シアトル在住のシンガーソングライター。日本人の母、ベトナム人の父の元に高知県高知市で生まれ、幼少期を東京都町田市で過ごす。2000年に大学の友人と共にバンド、Asahiを結成し活動を開始。その後Grand Hallwayを経て、現在はソロアーティストとして米国内外で活躍している。これまでに北米ツアーのほか、4度の日本ツアーを敢行している。2013年、映画「タッチー・フィーリー(米)」出演。

音楽が大好きだった子ども時代

小学校低学年の頃、家族で日本からベルビューに移住。アメリカで暮らすことが夢だったという母の思いからだった。「アメリカなんてミッキーマウスくらいしか知らなかったけれど、子どもだったから辛くはなかったかな」。最初は半年、ESL(第2言語としての英語クラス)に通い、普通校に移った。日本語は『スラムダンク』や『ドラゴンボール』など日本の漫画で勉強。弟は土曜日にシアトル日本語補習学校に通っていて、エミ・マイヤーさん(シアトル育ちの日系人シンガー)とは同級生だったそう。幼い頃から歌うことが好きだったというトモさんは、小学5年生で現地校のオーケストラに加入し、ビオラを習い始めた。「バンドかオーケストラを選択できたのですが、ビバルディなどクラシックが好きだったので」。中学でバイオリンに転向し、同じ頃、ギターも買ってもらった。「ちょうどニルヴァーナなんかの、シアトルのロック音楽がブームになった。日本人の友だちが尾崎 豊の大ファンで、ベーシックなコードの『卒業』を教えてくれて、ギターも面白いなって練習を始めたんです。だから初めて弾いたのは尾崎(笑)」

子ども時代のトモさん

高校では合唱グループやバンドに入りつつ、音楽を独学で学んだ。「あの頃のロックは上手過ぎてもダサいってイメージがあった。自分のスタイルを持ちたかったんです。ルールを気にせず、友だちと弾きながら曲を作っていく感じでした」。ワシントン大学では映画学を専攻した。「映画監督になりたかった。でも、始めてみたら音楽ほど真剣になれないと気付いて。進学はしたけれど、もっと音楽をやりたいという気持ちがありました」。音楽の道を志した時、家族の反応はどうだったのだろうか。「家族はまともな職に就いて欲しかったみたいで心配していました。理解してもらうにはかなり時間がかかりました。今でも心配はしていると思います(笑)」

プロミュージシャンへの道

©Kyle Johnson
Grand Hallwayのメンバーと

2002年には、大学の友人と結成したAsahiというバンドでアメリカ・ツアーを行った。「全然お金にはならなかったけれど、地元のラジオ局のKEXPに出たり、EMP(現MoPOP)主催の音楽コンペに出場したりできました」。2007年、Grand Hallwayを新たに結成。バイオリンやチェロなど、クラシック要素を取り入れたスタイルで、日本でのレコードリリースも果たす。高い評価を受けたが、それでも生計を立てるのは難しかった。長い間、映画館での仕事やカフェのバリスタもこなす中、大きな転機が訪れたのは2013年のこと。シアトル在住のリン・シェルトン監督による映画「タッチー・フィーリー」への出演が決まったのだ。以前から音楽を通じて交流のあった監督からのオファーだった。「最初は小さい役だろうと思ってイエスと答えたら、あとから映画の規模を聞いてびっくり。バリスタでミュージシャンという役柄でした。まさに『僕』を演じたんです」。同年のサンダンス映画祭では審査員大賞作品にノミネートされた。「僕が撮影に参加したのは5、6日間。映画製作の裏側を見られて面白かった。

出演映画タッチーフィーリーは人に触る恐怖から仕事が続けられなくなった姉のマッサージ心理療法士と癒しが得られると人に触られることで評判を呼ぶ弟の歯科医師の物語

もともと興味がありましたからね。映画祭に参加して初めて、これは大変なことだと気付きました。プレミアでは一日中、インタビューや写真撮影に応えるんです。俳優さんのそういう大変さを知りました」。アフターパーティーでは、映画のために制作した楽曲も披露した。「撮影後すぐは演技をもっとやってみたいとも思ったけれど、やっぱり歌っている時が最高にハッピーな瞬間だった。それで、音楽で生きていこうと決意が固まりました。バンドではなく、ソロ中心に活動することにしたんです」。現在はテレビや映画音楽の作曲も手がけるなど、仕事の幅が広がっている。「ソロになってやっと、フルタイムで音楽に取り組めるようになりました。今はいろんな人と協力しながら楽しんでいます」

シアトルに住む今も日本は「ホーム」

愛犬のモチと一緒に

「作曲をする時は、たくさん歩きます。シアトルに住んでいると、自然の中からインスピレーションを受けられる」。愛犬、モチと散歩中に思い浮かんだ曲が「Walking for Two」だそう。「その日はちょっと落ち込むことがあって、どんより歩いていたら、モチまで同じ歩き方をしていたんです。モチには元気でハッピーに跳び回っていて欲しい。そして誰かを思って行動すれば、自分もハッピーになれると考えたんです」。トモさんの音楽スタイルは常に変化してきた。「子どもの頃はオルタナティブ・ロックやグランジ・ミュージック。20代ではシアトルで全盛だったインディー・ロック 。ここ5年くらいは、フォークとかアコースティックとか、懐かしい音楽をよく聴いて、影響を受けています」。ニューアルバム「メロンデイ」は、ダンス・ポップ。新しいチャレンジだ。「新しくコンピューターを買って勉強していたら、独学で作曲し始めた子どもの頃みたいな感覚が戻ってきて。新しいことに挑戦してみたくなったんです。日本のバンドのコーネリアスを聴いて、エレクトロニックなサウンドを作ってみたいと思いました」

1月23日フリーモントアビーで行われたライブにて20年来の音楽仲間であり元Grand Hallwayメンバーでもあるアリーナトウさんもバイオリンで参加

ここ数年でシアトルのミュージックシーンは大きく変貌を遂げたとトモさんは感じている。家賃の高騰により、ミュージシャンの多くが他都市に拠点を移す中で、少数精鋭化が進んでいると言う。「真剣な人だけが音楽を続けているからレベルが高い。今まで続けてこられてラッキーだなって思います」。日本人の母、ベトナム人の父を持ち、日本とアメリカで育ったトモさんは、いつもどこかで自分をアウトサイダーだと感じてきた。しかし、今ではそれも大切なアイデンティティーだと語る。「自分を何かのカテゴリーに当てはめるのではなく、ただその人であって欲しい。でも日本に帰るとやっぱり『ホーム』と感じます。前回のツアーはもう4、5年前になる。また行きたいですね」

ニューアルバム「Melonday(メロンデイ)」 発売ライブ決定
4月17日、ポーチライト・レコーズよりリリースされるのは、日本で見かける豪華にラッピングされたメロンのように、日常の「普通」を素敵にアップデートしたい、そんな思いが込められたアルバム。バラードのサンセット・タバーンにて記念ライブが開催される。

日程:4月30日(木)8pm〜
場所:The Sunset Tavern
5433 Ballard Ave. NW., Seattle, WA 98107
問い合わせ:☎︎206-784-4880
チケット・詳細:http://sunsettavern.com