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市川江津子さん個展『Vitrified』インタビュー

こんにちは!4月から編集インターンをしています、立川です。

4月13日(金)に、シアトルで活躍されているガラス作家の市川江津子さんの個展『Vitrified』とその上映会に行ってきました。

優しい雰囲気を持ちながらも凛とした佇まいの江津子さん非常に丁寧に作品の解説をしていただき作品に注ぐ情熱を感じることができました

大自然の中で撮影された写真の中の防護服姿の人物と美しい緑色に輝く球体…一体これらは何を表しているのでしょうか。インタビューを通して個展『Vitrified』の魅力に迫ります。

(取材・文 立川碧海)

 

映像について

Q:『Vitrified』はどこで撮影されたのでしょうか。森は屋久島のような雰囲気、海岸は三陸を彷彿とさせる景色で、日本で撮影をしたのかなという印象を受けました。

撮影場所はワシントン州オリンピック半島です。オリンピック半島の一番尖っている場所、ネアー・ベイが日本に一番近く、日本に対してメッセージを発信するには最も適していると考えたのですが、そこはインディアンリザベーションというネイティブアメリカンの住む立ち入り禁止の区域だったためネアー・ベイの沿岸を少し下ったところで海のシーンの撮影を行いました。

森のシーンは同じくオリンピック半島のホー・レインフォレストという温帯雨林で撮影を行いました。ここは雨が多く苔がむしていて空気が非常に綺麗で良い映像が撮れました。「日本で撮影されたのですか?」と聞かれることが多く、(この日の上映会でも質問が出ていた)そう言われればそういう風に見えるな…と思うようになりました。日本の景色を意識して場所を選んだわけではないのですが、確かに海岸線や島の感じが東北を思い起させますよね。ノースウエストは日本と海で繋がっているから地形的に似ているのかもしれないと感じます。

Q:映像の中での鬱々とした天候が非常に印象的でした。海辺の色合いや霧、波のうねりなどがよりこの作品の世界観を盛り上げているように見えますが、この天気を狙って撮影を行ったのでしょうか。

全く狙っていません。撮影期間が非常に短かったので、全て運任せです。撮影を行った日は雨も降らず霧がかかった状態で、人もいなければゴミも無く、過去なのか現代なのかそれとも未来なのか、一体いつの時代なのかわからないような映像が撮れました。

Q:日本人はこの映像を見て、防護服からすぐに「原発」、波から「津波」をイメージしますが、海外の方はこの映像を観たときにどう感じるのでしょうか。

この作品のテーマであるVitrifiedとはガラス化という意味で高レベル放射性廃棄物をガラスと共に融解し固化させることを指しています

防護服やマスクをしている様子から、毒ガスや何か空気の中に汚染物が氾濫しているのかな?と感じているようです。映像の中に「原発」「ウラン」「災害」といった言葉は出てきませんが、ウランが光っている姿、私が日本人であること、そしてこれまで多くの作品を作ってきていることから、表現したいことをだいたい理解していただいています。

ガラス作品について

Q:映像の中で主人公が抱えている緑色に光る球体が展示されていますが、この作品について詳しく教えてください。

この作品は『Leaving a Legacy』というタイトルです。Legacyというと日本では綺麗なイメージを持ちがちですが、実は悪い意味もあり、広島の原爆もアメリカではLegacy of Hiroshimaという呼び方をします。残念なことですが原発事故により、ウランやセシウムが空や海に流れ、私たちの体の中にも忍び込んできてしまっていて、地球の大地ももちろん人間の体としても次の世代へ受け継いで行ってしまう、というテーマを形にしています。そして「Vitrification(ガラス化)」というプロセスでガラスを使いたかったのでこの作品を作りました。

このガラスの球体の中にはウランが入っており、こうすることで水の中に入っているウランを象徴的に表現しようと考えました。ちなみに下からUVライトを当てることでウランが緑色に光っています。また、球体は地球の形であり、水玉の形であり、子供が生まれる時の最初の胚の形でもあり、歴史的にもパワーのシンボルであり…こういった意味で生命の原点というイメージがありこの形状に至りました。

Q:隣の部屋にある立方体の作品について詳しく教えてください。

この作品は『Water Within』というタイトルで、自分の中にある水を表現しています。ガラスを鋳造する型に流し込んで作っている方法で、各辺約10センチの立方体の型を使用しています。ガラスを水だと仮定したときに、自分の体の中にある水の分量を体重から換算するとちょうどこの作品分になるのです。自分の中ではこの作品は自画像のようなイメージで、この立方体のガラスひとつひとつが自分のスライスということを表現しており、青色がたくさん入っているものもあれば、クリアなものもあり、角を削って丸くしたものもあるという風に表情をつけています。

Q:この作品の中にもうっすらとウランが入っていますが、それは自分の中にウランが入っているということを表現しているのでしょうか。

そうですね。水や空気というのは地球全体で共有しているもので、ウランが入るということは避けられないことです。この作品は私自身であり、観る人自身であり誰でも同じようなことなのではないかというメッセージも込められています。

パイログラフについて

Q:江津子さんといえば熱いガラスを巻いてきて書道のように紙に絵を描くパイログラフ、というイメージがあります。どこからガラスのパイログラフというアイディアが出てきたのでしょうか。パイログラフに至った経緯を教えて下さい。

上映会にはたくさんの方が足を運びみなさん映像に見入っていました上映終了後には質問が飛び交い江津子さんが丁寧に答えていらっしゃったのが印象的でした

パイログラフは全くの偶然でてきたものです。2004年の夏、ピルチャックというガラスの学校に通った後に、角永和夫さんという金沢の作家さんがピルチャックのアーティストインレジデンスという企画に招かれた時にアシスタントとして呼ばれ、彼の通訳やガラスの技術的なこと、実際の作業の手伝いを二週間くらいしていました。

ピルチャックのホットショップというガラスのスタジオは、彼が作業をしている場所まで溶けたガラスを持っていくのに10メートルくらい距離があって、熱いガラスを巻いたものを持って走っていかなければならなかったんです。それをすることには慣れていたのに、たまたま早く走りすぎてガラスが糸を引いて水飴が落ちるような感じで落ちてしまい、落ちたガラスがコンクリートの床に焼き付いて模様ができて、その瞬間に「これだ!!」と思ったのがきっかけです。その時はアシスタントをしていたので自分の作品を作る時間はほとんどなかったのですが、休憩時間に紙を買ってパイログラフをやり始めました、もちろん紙は全部燃えてしまったけれど(笑)。それがパイログラフの始まりです。

Q:取材前にベルビューアートミュージアムで作品を見させていただいて気付いたのですが、今回の作品には「色」が入っているのですね。

パイログラフと水彩画の融合水の流れとガラスの流れに似たものを感じます

これは約14年作り続けているパイログラフの新しい作品です。このシリーズは自分にとって大切なシリーズで作家として独立する時に支えてくれたものです。ガラスが縁で日本からシアトルに渡ってきたのですが、実はガラスの立体というものはしばらく作っていなかったんです。

今回立体の作品を作る際にガラスの中に色を入れたり溶かしたりした時に、パイログラフのプロセスに近いと感じたことが色をいれたきっかけです。私は水の中にインクが流れるような、煙が流れるような、流動的なイメージが好きで、その捉えなかったら消えてしまうものを焼き付けることでその瞬間の波のような動きを捉える作品を作っています。

そこで今回パイログラフに色を加えてみたらどうかというアイディアが出て、初めて色を水彩でつけました。この作品には球体のイメージがあったので丸い水の玉を描きました。色が無い作品の場合はそれだけで作品になるようにもっと強く焼き付けるのですが、今回色を入れたことで、軽く焼き付けなければならなくなり難しかったです。

Q:江津子さんのパイログラフの作品は焼いた色で描かれているためか、個人的に「怖さ」を感じることがあります。今回は色がついたことでイメージが変わりました。

確かに怖さを感じるかもしれませんね。火というのは私たちの生活には必要な物ですが、災害などの怖い面が全て繋がってきます。今回はテーマが水や自然なので、青や緑を使って優しい雰囲気に仕上がっています。最近違う方向から色々な感想をいただいて、自分の作品には美しい物と怖いものが共存しているなと自分自身でも感じています。

人は基本的に美しいものに惹かれると思っていて、アートを作る立場としては「これは何だろう?」「何だかわからないけれど綺麗だよね」というのが導入で、よく見たり作品を作るに至った理由を知ったりすることで実はちょっと怖かったというように、たたただ綺麗な物を作っているのではない、ということがわかってもらえたらいいかなと思います。

 

市川江津子『Vitrified』

期間:2018年3月14日~4月25日

場所:Winston Wächter Fine Art, 203 Dexter Avenue North,Seattle, WA 98109

 

市川江津子■ 東京都出身、シアトル在住。1987年東京造形大学卒業。1993年にシアトルに渡りピルチャック・グラス・スクールでガラス制作を学ぶ。1994年から2003年までチフーリ・スタジオで勤務。現在は独立して活動を行っている。作品は、ボストン美術館、シアトル美術館、上野の森美術館等に展示されている。