山田公正会長に聞く
節目となる2020年、
後世に役立てるためにも新しい組織のあり方を考える時
シアトルの日本人コミュニティーになくてはならない日本人事業者の一大サポート組織、シアトル日本商工会は、現在の通称である「春秋会」の名で1960年に正式発足。シアトル日本語補習学校の運営母体としても知られています。これまで60年にわたり、日本企業の駐在員を中心とした会員家族間での交流、地域社会への貢献など、さまざまな活動を行ってきました。激動の年を迎え、求められる役割を果たすべく、新たな取り組みも始めています。新会長へのインタビューと共に、発足前後から現在までの春秋会の軌跡をたどります。
写真提供:シアトル日本商工会(春秋会)
シアトル、春秋会との深い縁
日本航空が27年ぶりにシアトル—成田線を運航することになり、その支店開設業務のため、2018年11月にシアトルに着任しました。実はシアトルは、1950年代、戦後に再開したばかりの領事館で、父が外交官として働いていた場所。父は赴任中、日本郵船のシアトル航路で運航していた氷川丸で留学のためにシアトルに渡ってきていた母と出会い、結婚しました。両親の思い出の地ということで、個人的にも格別の縁を感じる街です。
日本航空は長らくシアトルに支店を置いていませんでしたが、春秋会にはずっと在籍しており、ボーイング社内の日本航空事務所に勤務していた桂田 健が2016年度、2017年度と2期にわたり春秋会会長を務めていたこともあります。私は2020年1月30日に総会での承認を得て、2020年度の会長となりました。
活動目的に掲げる3つの柱
1960年に正式発足し今年で60周年を迎えた春秋会は、在シアトル日本国総領事館の山田洋一郎総領事を名誉会長に、現在の会員企業数は約135社、個人会員を入れると総勢360名もの大所帯。シアトル最大の日系コミュニティーのひとつと言えます。
春秋会のミッションには大きく3つの柱があります。第一には、子女教育の充実。毎週土曜日、ベルビューにあるサマミッシュ高校校舎を借用して開校されるシアトル日本語補習学校は、春秋会が運営母体となっています。第二に地域社会との交流。サマーソーシャル・イベントの開催ほか、桜祭りなど日本文化の祭典や各種コミュニティーイベントにも積極的に参画、協賛しています。そして第三に、会員相互の親睦を深めることが挙げられます。専門家による経済、IT等のビジネス関連、あるいは安全・医療セミナーといった勉強会を始め、新年会、マリナーズ観戦のような交流イベントも開催しています。
この3本柱それぞれに、教育部会、交流部会、経済・文化部会があり、毎年選任される約30名の部会理事メンバーが中心となって活動を牽引しています。また、そのとりまとめや事務方の作業を一手に引き受けてくれているのが、事務局のスタッフたちです。
新会長としての意気込み
春秋会の前身である「木曜会」は1922年に誕生した組織で、領事館や商社の駐在員を中心に、異国の地で共に商売と生活を営んでいくうえで日本人同士が親睦を深めるという色合いが強いものでした。残念ながら、現地の日系コミュニティーとは、あまり関わることがなかったという記述も残っています。現在の春秋会も日本に本籍を置く企業に所属する駐在員を中心に構成されています。異動に伴うメンバーの入れ替わりも激しいため、過去の経緯がよくわからないことも多々あります。
70年代、アメリカで激しい日本バッシングが起こった時期には、日本の産業を守るためのロビー活動のように、各商工会の役割は非常に明確でした。しかし、時代に合わせて組織のニーズが多様化する中で、春秋会のあり方をみんなで見つめ直すタイミングに来ているように感じています。私の任期となるこの1年は特に、60周年という節目でもあり、これまでの経緯を検証しながら、春秋会の存在意義や目指す方向性を、時間をかけてしっかり議論していきたいと考えています。「変わる」こと自体を目的とするのではなく、まずはその変化を必要とするかどうかの足元を固める作業を、じっくり行っていく予定です。
補習学校は「変化」の先駆け
先行して時代の変化に対応してきた例のひとつが、シアトル日本語補習学校です。来年には創立50周年を迎える補習学校は、もともと日本からの駐在員の子女に対する質の高い日本語教育を目的に創設されました。しかし、現在は長期滞在者、永住者の子どもたちが増え、アメリカ市民権や永住権を持つ在籍児童生徒の割合も増加傾向にあります。そのため、設立当初とは様相が異なってきてはいますが、校舎使用などの物理的な制約や、週に1度しか授業ができない時間の制約もある中、コミュニティーで一定の役割を果たすべく、時代に合わせて試行錯誤をした結果が今の姿です。
また、地域貢献や他団体との交流に関しても、春秋会の参画基準について、見直していきたいと考えています。各県人会を始め、多くの日系団体がワシントン州内に存在する中で、どの団体と何をさせていただくか、どういった形でコミュニティーに貢献が可能か、春秋会として求められる役割と照らし合わせて整理する必要があります。
春秋会をより良い組織に
「春秋会って何をしている組織なのかよくわからない」という声を聞くことがありますが、確かにその通りだなと思います。コアの部分を固めるために、まずはその存在意義と目的をはっきりさせなければなりません。そして、自分たちの守備領域を明確にしていくことが大切です。春秋会役員は、ボランティアで活動しています。家族との時間やフルタイムの仕事の合間を縫って、貴重な休みを使いながら意欲的に参加してくれており、本当に頭が下がります。和気あいあいとした雰囲気で活発に議論できる役員会では仲間意識を感じられますし、各部会で女性が多く活躍しているのも組織として魅力的に映ります。
こういう組織は、たとえるならマンションの理事会のようなものではないでしょうか。自分たちが暮らす場所をより良くしたいと思うメンバーが集まり、できる範囲で目的意識を持って楽しくやっていければ、自ずと道は開けていくはず。会員の皆さまがはっきりとそのメリットを感じ、入会の目的を果たすことができ、そして会の趣旨に賛同して積極的に活動に参加してもらえるような組織を目指していきたいと考えます。その屋台骨となってくれているのが、過去の歴史や流れを理解する事務局スタッフです。入れ替わりを余儀なくされる会長や役員たちをサポートし、長期的な視点から春秋会の継承を支えてもらっています。また、役員メンバーは、時代に応じたフィロソフィーをしっかりと作り、リーダーシップを発揮していく存在。現在の試行錯誤が、後世の役に立ち、飛躍の原動力となればと、限られた任期ではありますが、これからも会長として役員メンバー、事務局スタッフと共に、新しい組織実現に尽力していきたいと思います。
コロナ禍と向き合う日本人コミュニティー
私自身、コロナ禍のあおりを最も受けている業界のひとつで勤務していますので、日常生活、そして経済活動は本当に一変してしまいました。前述の通り、春秋会は会員企業の皆さまと、ボランティアで活動している役員によって支えられているため、本業で大きな打撃を受け、春秋会の活動どころではないという方が出てきても何ら不思議ではない環境にあります。そのような中でも商工会として地域のために何ができるのかを考え、通常月1回行っている常任委員会を月2回に増やし、情報交換や今後の活動内容についてオンラインで議論の場を設けています。
3月から休校となっている補習学校も、学年や先生の勤務状況によって提供できる内容に限界があるものの、5月から遠隔学習を開始し、子どもたちの日本語学習支援をしています。残念ながら卒園・卒業式や入園・入学式を実施することはかないませんでしたが、4月からの新入生も、この枠組みの中で日々の学習に取り組んでいます。
桜祭りやジャパンフェアなど地域を代表する日系イベントは軒並み通常開催は中止となっています。春秋会では恒例の医療セミナーを4・5月にオンラインで開催しました。例年は新しくシアトルに着任した駐在員やその家族向けにアメリカの医療制度を説明する場となっていますが、今年は門戸を広げ、テーマも新型コロナウイルス感染対策に変更して実施したところ、200名以上の参加者が集まりました。そのうち半数以上は5年を超えるアメリカ在住歴を持つ方々ということで、広くコミュニティーへ情報を発信する良い機会になったと思います。今後も春秋会が持つネットワークを生かして、地域の皆さまが欲する情報をいち早く提供できるように、交流部会と経済・文化部会が協力して、たとえばストリーミングでミニ番組のようなものを定期的に配信できないかなど、新しいチャレンジを試行錯誤しているところです。
この状況がどこまで深刻化、長期化するのか、なかなか先が読めませんが、ワシントン州内で段階的に取られている緩和政策に合わせて、今後も身近で役立つ情報を提供していく予定です。一方で長期化した場合のこともしっかりと念頭に置き、本当に必要とされる組織を目指して、地域の皆さまと一丸となり、協力しながらこの難局を乗り越えていけるように努めていきたいと考えています。
山田公正 ■日本航空株式会社に勤務。2018年11月よりシアトル支店長として、空港事務所開設のためシアトルに着任した。2020年1月にシアトル日本商工会(春秋会)会長就任。
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