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日本酒を世界の高級ワイン市場へ 「MIZUBASHO – 水芭蕉」ブランドの挑戦

日本酒を世界の高級ワイン市場へ
「MIZUBASHO – 水芭蕉」ブランドの挑戦
取材・文:室橋美佐

 

世界の三ツ星レストランでワインリストに並ぶ日本酒「MIZUBASHO – 水芭蕉」。ニューヨーク最高峰のフレンチレストラン「ダニエル」や、世界一予約が取れないレストランと呼ばれたスペインの「エル・ブジ」のソムリエからも信頼をおかれる味だ。そんな水芭蕉ブランドを生み出した永井酒造社長が7月にシアトルを訪問し、「NAGAI STYLE(ナガイ・スタイル)」と呼ばれる日本酒と洋食コースのペアリングディナーを開催した。

(左)コーレス松美■永井酒造株式会社 海外統括ディレクター / 上智大学国際教養学部卒業後、シアトル・ワシントン州観光事務 所勤務などを経て2005年からシアトル在住。パイクプレース・ マーケットやベルタウンで食ツアーを企画運営しながら、ワイ ンの国際資格WSETを取得。2006年頃からワインの国際マー ケティングやワイナリー視察ツアーの企画運営に従事。2016 年から現職に就き、利酒師認定を取得。

(右)永井則吉■永井酒造株式会社 六代目蔵元 代表取締役社長 / 1886年から続く永井酒造の六代目蔵元。東海大学工学部建築 学科卒業後、1994年に永井酒造入社。酒造り修行の後、2003年 に工場長就任。世界初の瓶内二次発酵スパークリング日本酒「水 芭蕉ピュア」を2008年に発売し、世界的ヒットで日本酒業界で 一目を置かれるようになる。その後も熟成酒「リザーブ」など日 本酒界を驚かす商品を次々に開発し、世界の一流ソムリエが認め る水芭蕉ブランドを生み出す。2013年から現職。一級酒造技 能士。清酒専門評価者。

日本酒をワインのステージに

永井酒造は群馬県利根郡の川場村という人口約3300人の小さな山里にある。利根川など5本の一級河川の源流が湧き出る山々に囲まれ、その清らかな水と自然に惚れ込んだ初代が1886年に川場村周辺の山を買って源流を確保し、酒造りを始めた。「村に吉祥寺という寺があって、そこに水芭蕉が咲いているんです」と、咲き誇る水芭蕉の写真を見せてくれた永井氏。標高が高くて水がきれいな場所にしか生息しない花だという。水芭蕉ブランドの由来だ。

川場村で生まれ育った永井氏は、大学時代には村を離れて建築を学んだ。イギリスの建築専門学校への留学も予定したが、直前に取りやめて家業を継ぐ決心をした。「そんな折に、ある人生の先輩が『酒造りの道に入るなら世界のワインを飲んでおけ』と言って、白 ワインの王様と呼ばれているフランス産『モンラッシェ』を飲ませてくれたんです」と永 井氏。当時はワインの知識は全くなかったが、その味にとにかく感動したと言う。その感動が永井氏の出発点になる。永井酒造の跡取りとして酒造りの修行を始めた永井氏 は、一方でワインの知識も深めていった。

ナガイスタイルペアリングディナーには日本酒とワイン流通関係 者の他にウッディンビルの名店ザハーブファームの歴代ソムリエ 2名も参加した

日本酒は、純米、本醸造、吟醸、大吟醸というように造り方や精米度でカテゴリーやラン クが決められている。永井氏は、そういった規定カテゴリーで価格帯が決まってしまうことに違和感を感じていた。「ワイン業界を見るとカテゴリーによるランク分けはほと んどなく、ワイナリーのブランド力で金額が決まっていることに気づいたんです」と永井氏は話す。永井酒造もブランド力で世界へ勝負をかけたい。そして、日本酒より遥かに 大きいワインの市場に入り込むにはどうすべきかを永井氏は自問自答した。「フレンチ でも、イタリアンでも、高級レストランではソムリエが料理にペアリングしてワインを勧めてくるわけですが、日本酒にはそれがなかった」と永井氏。そこに目を付けた。世界の 一流レストランでワインが料理に合わせて出されるそのスタイルに日本酒を乗せること で「日本酒をワインのステージに引き上げよう」という答えに行きついた。

ワシントン州東部シュラン湖周辺にあるワイナリー ティランTillanのマーケティングマネージャーも参加し水芭蕉に あわせてティランのワイン銘柄もペアリングされた

現在、永井酒造は「MIZUBASHO – 水芭蕉」ブランドとして4タイプの商品をそろえる。乾杯酒としてアパタイザーに合わせるスパークリング酒「ピュア」、サラダやスープ など一品目に合わせる「純米大吟醸」、肉などのメインには熟成酒「リザーブ」、そして「デ ザートSAKE」だ。コース料理にあわせて、4タイプの日本酒を楽しむスタイルを「ナガイ・ スタイル」と呼んで、和食店以外のレストランへも提案する。

感動の味を目指した5年間

海外統括ディレクターのコーレス松美さんは、「日本酒がワインの市場に入ろうとするとき、ワイン通が好むようなフルーティーさを出してワインの味に近づけることもできるんです」と説明する。しかし、永井氏が目指したのは全く違うものだった。水芭蕉ブランドのこだわりは、酒ならではの米の味を最大限に引き出してさまざまな料理に合うバ リエーションを生み出すことだ。4タイプの日本酒は全て同じ米、麹、水を使い、米の精 米度も同じ。製法も日本古来の米と水だけで作る純米製法。それでいて、全ての商品が全く異なる味、香り、色、食感を持つ。「ぶどうの種類で味のバラエティを出すワインの世界からみると、これは本当に興味深いことなんです」と松美さん。

ザハーブファームの現ソムリエのブルースアクターマン氏

現在は社長として経営手腕を発揮する永井氏だが、そもそもは製造現場が専門だ。「月に1日は、スマホやPCから一 切離れて酒蔵にこもり、全商品の味をチェックします。それ が今でも一番大事な仕事です」という永井氏の品質へのこだ わりが水芭蕉ブランドの根底にある。社長就任前は、最初の ヒット商品になったスパークリング酒「ピュア」の開発に5年 以上を費やした。ピュアは、炭酸ガスを加える一般的な発泡 日本酒とは異なり、伝統的な純米製法にシャンパンと同じ瓶 内二次発酵を取り入れた画期的な商品。発売までに700回 以上の失敗と試行錯誤を繰り返したという。シャンパーニュ 地方に1カ月間の研修滞在もした。ようやく発売されたピュ アが、2009年にスペインの「エル・ブジ」で採用されると、水芭蕉ブランドは一気に世界へ広がることになった。「世界的 な一流ソムリエが『これまでにない味だ』と感動してくれた、 それで自信がついたんです」と永井氏。

ピュア発売の翌年には、赤ワインに相当する深い味わいが 特徴の熟成酒「リザーブ」の他、4タイプの水芭蕉ブランドを 完成させた。

トップセールスで日本の酒文化を世界へ

「デザインにしても味にしても水芭蕉ブランドは絶対に トップセールスでいけると思ったんです」と松美さん。長年 にわたりワインの国際マーケティングに携わってきた彼女の 人脈とノウハウが永井酒造を後押しする。「1年半前にウッ ディンビルの名店『ザ・ハーブファーム』のオーナーにお願い をして、チーフシェフとソムリエを集めて水芭蕉ブランドを 利いていただいたんです」。最初は皆が静まりかえって緊張 感が漂ったという。「ワインに精通する人たちが、初めて体験 する日本酒の味を消化していた」時間だった。沈黙の後、素晴 らしいコメントが返ってきた。「ここで認められたら、いける」 と思った松美さんは、それから永井氏を連れてニューヨーク の「ダニエル」やナパ・バレーの「フレンチ・ランドリー」と、全 米の三ツ星レストランをまわる。ダニエルでは「ピュア」が、 フレンチランドリーでは全4銘柄が採用された。

料理はウッディンビルにあるピクニックテーブルのオーナーシェ フダニーロアマト氏が腕をふるったノースウエストの食材を生か した上品なイタリアンのコース料理が酒とワインの共演を盛り立てた

世界的なブランドを意識する永井氏だが、「海外出張でど んな場所へ行っても常に片足は川場村に置いているつもり です」と話す。「グローバルで、なおかつローカルというのを 目指しているんです」。永井酒造は、改築した旧酒蔵で「蔵カフェ」というカフェレストランを直営している。酒と地元の 食材を生かした料理のほか、近くのケーキ屋とのコラボレー ションで作る酒粕ケーキや、仕込み水をつかった水出しコー ヒーも人気だ。「川場村は、美しい自然と美味しい食材に恵 まれていて、素晴らしい旅館も数々ある」と話す永井氏は、地 域の酒蔵や地ビール工房などと連携して「利根沼田酒蔵ツー リズム」という酒蔵巡りで地元に観光客を呼び寄せようとい う取り組みも行っている。松美さんが企画するナパ・バレー でのワイナリーツアーからアイディアを得たものだ。「川場 村発の日本酒が世界に認められることで地元に人を呼び込 んで活性化できれば」と永井氏。

「信頼や品質というのは大原則で、その上でいかに感動を 与え続けられるか」がブランディングだと永井氏は考える。 130年にわたり地元で愛され続けてきた老舗の味は、これか らさらに世界の注目を集めそうだ。

ラズベリーソースでアクセントが効いた鴨肉とワイルドライスのメイ ン料理には熟成酒リザーブをペアリングマイナス2度のセラーで 10年以上寝かせて熟成させた味は赤ワインに相当する深み柔らか い鴨肉のうまみに上品で濃厚な熟成酒の味わいが絶妙に重なる