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感染症科指導医、千原晋吾さん〜スペシャルインタビュー

新型コロナとの戦いはいずれ終わる
感染症科指導医 千原晋吾

バージニア・メイソン・メディカル・センター感染症科で、新型コロナウイルスのアウトブレイク発生当初から治療に当たっている千原晋吾さん。現場からの最新情報に加え、日米の医療事情の違いや、感染症専門家としてのやりがいなどを語ってもらいました。

取材・文:シュレーゲル京希伊子 写真:本人提供

千原晋吾■熊本生まれ。7歳から2年半、父親の仕事の関係でプエルトリコに住み、その後は高校卒業までニュージャージー州で暮らす。山梨医科大学を卒業し、日本で初期研修を終えた後、再びアメリカに渡る。コネチカット大学、シカゴのラッシュ大学、ユタ大学、獨協医科大学など日米の大学病院勤務を経て、2014年から現職。ベルビュー在住。

圧倒的にマンパワーで勝るアメリカの医療体制

7歳で日本を離れて以来、高校卒業までプエルトリコ、アメリカで暮らしていた千原さんだが、大学進学には日本を選んだ。「親の強い勧めがありました。実は渡米した当初から、『大学だけは日本に行くように』と言われていました」。医師を目指した理由は、社会の役に立つ仕事に就きたいとの考えから。警察官や消防士といった選択肢も考えられたが、数学や生物など理系の勉強により興味があった。山梨医科大学で6年間を過ごし、横須賀の米海軍病院、福岡県の飯塚病院での研修を経て、アメリカに戻る。「もともとアメリカにいましたから、外国で暮らしているという意識は全くありません。むしろ日本にいるほうが文化の違いを感じるかもしれませんね」

コネチカット大学で内科研修、シカゴのラッシュ大学で感染症研修、ユタ大学で微生物研修を終えた千原さんは2009年、再び日本に渡り、獨協医科大学で2年間講師を務めた。日米の医療現場に精通した千原さんの目に、違いはどのように映るのだろうか。「圧倒的にマンパワーが違います。日本とは比べ物になりません」

院内スタッフを対象にした新型コロナ勉強会を終えて同僚と共に

アメリカには、医師だけでなく、フィジシャン・アシスタント(PA、医師助手)やナース・プラクティショナー(NP、専門看護師)など、医師とほぼ同等の業務を行う専門職があり、こうした職に就く人が大勢いる。「これは、明らかに予算の違いです。アメリカでは病院もビジネスと捉えられていて、総務部門がしっかりと経営を担っています。それが日本では、『院長は医師でないとならない』という決まりがある。でも医師にとって経営やビジネスは専門ではありませんからね……(苦笑)。それに、日本だと私のような20年ほど経験を持つ勤務医は、院内当直をするのが普通です。アメリカでは夜間担当の医師がいるため、そういうことはまずありません」

朝6時半頃に家を出て夕方5、6時までには勤務を終え、家族と夕食を取っているという千原さんは、日本の医師はとにかく忙し過ぎると話す。「そういう背景もあって、日本では開業医になる医師が多い。自分で時間をコントロールできますから。アメリカでは逆に、開業医の数はかなり減っていて、病院に所属するかグループで経営するのが一般的です」

それ以外にも、日米の医療現場では決定的な違いがあると言う。「いわゆる、電子カルテです」。これはEMR(Electronic Medical Record)と呼ばれ、医師はカルテの記載も、オーダーを入れるといったことも、自宅にいながら作業できる。ほとんどの業務がオンラインで行えるのだ。「作業効率が違います。この点ではアメリカのほうがずっと進んでいます」

ワクチン接種に理解を得るには政府の発信の仕方が重要

日本とアメリカでは、新型コロナワクチンに対する国民の受け止め方にも違いがあるように見える。なぜ日本ではワクチン接種が進まないのだろうか。「政府がメッセージを発信する仕方に問題があるのでしょう。以前にも子宮頸がんワクチンで似たようなことがありました」

1回目のワクチンを接種する千原さん

千原さんによれば、子宮頸がんワクチンは非常に有効なものの、何らかの理由で深刻な後遺症が残った女子中学生の例があり、メディアが連日報道。ワクチンとの因果関係が証明されないまま、厚生労働省も子宮頸がんワクチン接種の推奨を中止したため、誰も打たなくなった。「日本では毎年、何千人もの女性が子宮頸がんで亡くなっています。しかし、ワクチンを打てば防ぐことができる。新型コロナと同様、がんになるリスクと後遺症が残るリスクを比較すると、前者のほうが明らかに高いのです。また、アメリカでも日本でも、ワクチンの副反応による健康被害が起きた場合、政府が補償する仕組みになっています。そういう情報を日本政府も積極的に発信すべきではないでしょうか」

感染症は完治できるだからこそやりがいも大きい

最後に、感染症という分野を選んだ理由を尋ねてみた。「ひと口に内科と言っても、非常に幅広い分野をカバーします。その中で、自分の得意な分野を作らなければなりません。私は感染症内科を選びましたが、飽きる暇もないくらい忙しくしています。10年前には新型インフルエンザがありましたし、何らかの新しい感染症が次々と出てくるわけですからね」。千原さんは「実は多くの場合、感染症は完治できます」とも強調する。「そこにやりがいを感じます。不治の病と言われたHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症さえ、完治せずとも優れた治療薬が開発され、薬を服用していればエイズ発症を抑え、寿命を全うできるまでになりました」

アマゾン本社に設置された集団接種会場SuperVaxの様子バージニアメイソンとアマゾンが共同で運営し千原さんもボランティアとして接種を手伝った

それでは、この新型コロナとの戦いも、いつかは人類が勝利できるのだろうか。千原さんは、こう答える。「人類はこれまで感染症との戦いを繰り返しており、新型コロナもそのひとつです。手強い相手ですので、戦いはまだまだ続きますが、みんなで力を合わせれば、いずれ克服​できると考えます」


千原医師新型コロナQ&A

パンデミックとなり2度目の夏が終わろうとしているシアトル。いまだ感染拡大が続く新型コロナウイルスについて、千原さんから見た現状をわかりやすく解説してもらいます。

現在のワシントン州での感染状況は?

独立記念日を境に第5波に突入しており、症例数は確実に増えています。特に、ワクチン未接種者の重症化が目立ちます。幸い、高齢者のワクチン接種率は高く、入院率や死亡率はまだ低い傾向にありますが、今後はわかりません。若い人の感染が目立つものの、今のところ症状は一般的に軽く、重症化は比較的抑えられています。入院を伴う重症患者が増えると、一気に医療体制が圧迫されますので、これは避けなくてはなりません。やはりワクチンを接種して重症化を防ぐことが重要です。

ワクチンは期待される効果を発揮していますか?

現在、症例数が増えても重症化率は比較的低く、ワクチンが効いている証拠だと考えられます。ただし、州内でも接種率にばらつきがあります。州全体だとワクチンを1回でも接種した人は8月16日時点で70%を超えていますが、キング郡での8割以上の接種率に対し、たとえばワラワラ郡では接種率が50%台にとどまっており、地域の病院はコロナ一色です。もともと大きな病院の少ない地域ではほかの重症患者まで手が回らなくなり、医療崩壊が起こりかねません。

感染力の強いデルタ株の出現により、ワクチン接種を完了したにも関わらず感染するブレイクスルー感染の例が増えています。だからと言ってワクチンを接種しても意味がないということではなく、重症化を防ぐ意味でワクチン接種は極めて有効です。

変異ウイルスのデルタ株が心配です。どれくらい感染力が強いのでしょうか?

インド由来のデルタ株は非常に感染力が強いのが特徴です。ワシントン州では7月11日から31日までの症例のうち95.1%がデルタ株ですが、1カ月半前はわずか22%でした。あっと言う間に広がったことがわかります。ワクチン接種を完了した人はマスク不要というルールになり、独立記念日以降、全米各地でブレイクスルー感染の例が多発しました。

上気道内にあるウイルス量を見たとき、ワクチンを打つと減るのが普通ですが、デルタ株ではワクチンを打っても打たなくても上気道内のウイルス量は変わりません。しかも、量自体が他の変異株よりも約1,000倍も多くなっています。そのため、ワクチン接種を完了した人にもブレイクスルー感染が起き、軽症あるいは無症状であっても、ワクチン未接種者と同じように感染を広げてしまうと見られています。ワクチン接種に加えて、マスク着用や手洗いなど基本的な対策を怠らないことが大切です。

ワクチンの追加接種(ブースター)は必要になりますか?

変異というのは、ウイルスが増えるときに起きます。ダーウィンの法則通り、ウイルスも生き延びるのに必死です。数カ月前の時点では、「ワクチンで得られる抗体は、数年間は有効」と考えられていたのですが、変異株が増え、ワクチンを接種している人でも感染し、さらに周囲に移してしまう状況となった今は、変異株に対応するブースターの必要性が叫ばれています。アフリカのようにまだまだワクチンが普及していない地域から、新たな変異株が出てくる可能性もあると思います。また、ファイザー、モデルナはワクチンの有効性について、時間の経過に伴い低下するとの見解を示しています。FDA(米食品医薬品局)は8月12日、ファイザー、モデルナのワクチン3回目の追加接種を免疫力が低下している人を対象に認めました。その他の人も、ファイザー、モデルナのワクチン2回目接種から8カ月経過した時点で追加接種ができるように、9月下旬を目標に計画が進められているところです。

ワクチンの安全性や副反応はどのように検証されているのでしょうか?

ワクチン有害事象報告システムとしてVAERSがあり、予防接種の安全性のモニタリングと、副反応が疑われる事象の報告が義務付けられています。集まったデータをCDC(米疫病対策センター)がまとめ、因果関係を検証します。ジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチン接種における血栓症の事例も、100万人に7人というまれな現象ですが、この仕組みが機能した結果と言えるでしょう。このVAERSには、医療従事者だけでなく、ワクチン接種を受けた本人もオンラインで報告することができます。

12歳未満の子どもの感染が増えています。小児用ワクチンの見通しを教えてください。

小児用ワクチンは今年の11月か12月頃に承認されるでしょう。一般的に子どもは大人よりも重症化しにくいと言われていますが、感染数が増えれば重症化する子どもも増えます。また、炎症性症候群(MIS-C)と言って、川崎病に似た症状も報告されています。現在、感染力の強いデルタ株が流行していることを踏まえると、やはり油断は禁物です。9月から対面授業が全面的に再開されたとしても、ワクチン接種の有無に関わらず、生徒や学校関係者はマスクの着用が必須になるでしょう。


子宮頸がんワクチン関連

https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/qa_shikyukeigan_vaccine.html

http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4

https://medicalnote.jp/contents/210413-001-GW

VAERS関連

https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000776374.pdf

https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3429_02

ワシントン州公式データ

https://www.doh.wa.gov/Emergencies/COVID19/DataDashboard

キング郡公式データ

https://kingcounty.gov/depts/health/covid-19/data/vaccination.aspx

ワラワラ郡公式データ

https://covidactnow.org/us/washington-wa/county/walla_walla_county/?s=22131139

フリーランス翻訳家・通訳。外務省派遣員として、92年から95年まで在シアトル日本国総領事館に勤務。日本へ帰国後は、政党本部や米国大使館で外交政策の調査やスピーチ原稿の執筆を担当。キヤノン元社長の個人秘書、国連大学のプログラム・アシスタントなどを経て、フリーに転身。2014年からシアトルへ戻り、一人娘を育てながら、 ITや文芸、エンタメ系を始めとする幅広い分野の翻訳を手がける。主な共訳書は、金持ち父さんのアドバイザーシリーズ『資産はタックスフリーで作る』など。ワシントン州のほか、マサチューセッツ、ジョージア、ニューヨーク、インディアナ、フロリダにも居住経験があり、米国社会に精通。趣味はテニス、スキー、映画鑑賞、読書、料理。