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プロデューサー グッドイヤー準子さん

Tomoe_2 9月26日から28日の3日間、シアトルのアクトシアターで観世流能の公演が開催される。世界初の能とオペラのコラボレーションが注目されている。昨年6月の能ワークショップを大成功に導き今年のイベントに結びつけた陰の立役者、プロデューサーのグッドイヤー準子さんにインタビューした。
取材・文:越宮照代

 

次世代に継承するために

「観世流能シテ役の武田宗典さんの公演をシアトルでやりたいのだけど……」と、人を介して準子さんに話が舞い込んで来たのは2012年の11月だった。「そもそも私は、能に興味がなかったんです」と言い切る準子さんが、それから7カ月の間、文字通り奔走して翌年6月に11公演を実施し、満員御礼の成功に導くことになったのはなぜか。「能楽協会の会員がたった数年で300人も減ってしまった。このまま行くと650年も続いた伝統芸能が消えてしまう。それを食い止めて次代に残そうと頑張って一人で普及活動をしているのが武田さんだと聞かされて、それでやってみようと決めた」。翌日には武田さんと電話で話していた。

準子さんは「能をそのままアメリカに持って来ても受けない。一回来て終わるような公演なら、やらないほうがいい。1年目はワークショップでいいが、次は例えばオペラにするとか、 思い切ったイノベーションをする必要がある。伝統を重んじる能の世界では異端だが、それでもいいんですか」とはっきり聞いた。しばらく考えて武田さんはこう答えた「次世代に能を残すことにつながるのであれば、喜んで捨て石になります」

1カ月前にシアトルに越してきたばかりで人脈もほとんどないに等しかった準子さんだが、わずかな知り合いを通じて、 日本文化に理解の深い地元の日本人や団体を紹介してもらい、片っ端から協力を頼んでまわった。

「最初はみんなから反対されました。それで、私自身の心に響いたことを言ったんです。日本の伝統をここで絶やしてもいいのか、武田さんは私欲がなく、次代に残すためなら自分が捨て石になると言った人です、と」すると、最初は首をふっていたような人も協力を申し出てくれた。

昨年の公演は武田宗典さんが日本で行っている「謡サロン」の海外版で、能に親しんでもらうためのワークショップ。アメリカ人向けに行うのだから日本と同じというわけにはいかない。どんなワークショップにするかのアイデアを練るために、準子さんはまだ小さい2人の子どもを夫に預けてパイクプレースマーケットに行き、6時間かけてアメリカ人相手にリサーチをした。「反応がよかったのが、戦国時代を舞台にした日本の漫画『犬夜叉』で、話の中に能面が出てくるんです。能を全く知らないアメリカ人に交渉する時にも、それを材料として持って行きました」

資金集めをしながら同時に会場探しと広報にも奔走。「毎日メディアに迷惑メールと迷惑電話。 こんなすごい人が来るよ、お願いだから報道して、記事にして(笑)。で、ふたをあけたら立ち見です」

『犬夜叉』で大人気、能ワークショップ

ワークショップは昨年の6月末に、ベインブリッジアイランド、シアトル、カナダのバンクーバーなどで4日間、計11の公演を行った。うち7公演は学校等で入場は無料。有料だったのは劇場で行った4公演だが、チケット完売、収支は黒字で、経費を除いた収益をニューヨークのジャパンソサエティーに寄付した。

「学校の子どもたちの反応がすごくよかったです」。最初に学校側から「能は侍が育てた文化で、最近まで結婚式などでも謡が披露されていた。とってもカッコいいんだよ」という背景を話してもらう。そしてまずダンボールで刀を作るのだが、「アメリカの子どもたちは刀を持ったこともないから嬉しいんですね。そして舞の型を教えてあげるととっても喜ぶ」。次に武田さんに合わせてみんなが謡う。「優男で体の細い武田さんがものすごい声量で謡うんですが、そのギャップにみんな、あごがおちるかと思うほど仰天するんですよ(笑)」

いずれのワークショップも観客の反応がとてもよく、今年への手応えを感じたという準子さん。「 能って斬新に見えるらしくて、いきなり出てきて顔色一つ変えないで大きいフリをやったりとか、すっごい大きい声出して謡ったりとかするので、迫力があるみたいなんですね。そういう意味では思った以上に反応が良かったです」。そしてもう一つ外国で行うことのメリットに気がついた。「 外国の公演は字幕や通訳が必須ですよね。その英語の解説や英語の字幕があると、日本語だけで見るよりずっとよくわかるんですよ」。だから、外国での普及のほうが可能性が高いのではないかと思い始めている。すでに、来年2月にはハワイでのワークショップも決定、アメリカ国内、ヨーロッパからも問い合わせがあるようだ。

世界最古のミュージカル能をオペラに

昨年は参加型ワークショップだったため、能装束も能面もつけてなかったが、今年はお囃子隊も入れて能楽師9人が本物の能を披露する。後半のオペラとのコラボレーションは、「宗典さんが『能は世界最古のミュージカル』と説明したことがヒントです。オペラよりも歴史の長い能楽が進化してイノベーション起こしたらどうなるか、ということで、オペラを地元のアーティストとのコラボレーションで行うのが今年の舞台です」

演目は「The Beauty of Noh : Tomoe+Yoshinaka (巴と義仲)」。『平家物語』を典拠にした『巴』は伝統的な能楽スタイル、「義仲」はオペラとのコラボレーションで演じられる。前半『巴』では木曾義仲の愛人であり武将であったとされる巴御前の亡霊が、義仲と共に死ぬことを許されなかった無念を語る。一方、オペラ仕立ての『Yoshinaka』では、巴御前に対する義仲の心情も語られるという。いずれもシテ役(主役)は武田宗典さん。「能とオペラという新しい挑戦が、どのようにアメリカの観客に受け止められるか、楽しみです」と準子さんは、今公演の成功に期待を寄せている。

The Beauty of Noh : Tomoe+Yoshinaka (巴と義仲)

  • 9月26日(金)7pm、27日(土)2pm & 7pm、28日(日)2pm
  • 場所:ACT Theatre
  • 700 Union St., Seattle
  • チケット:$35、シニア $26.25、学生 $25、25歳以下 $20
  • 主催:Japan Art Connection Lab
  • Noh and Operaプロジェクトワールドスポンサー:Five Senses, Inc.
  • www.nohandopera.com

プロフィール:グッドイヤー準子

宝塚歌劇団海外公演、モントリオールジャズフェスティバル、マッスルミュージカル、松任谷由実「ユーミン・スペクタクル シャングリラⅢ」ほか多数のメジャー作品興行携わる傍ら、日本をベースに長年複数企業を経営。その間50作品以上の本、20タイトル近いDVD作品をプロデュース。ベストセラーを含む多くの作品を世に送り出し続けている。日本の事業を2011年に売却した後、現在は日本の伝統文化を世界に伝える会社Five Senses Inc.の会長を務める。
www.fivesensesinc.com