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ファーマー尚子さん〜ワシントン州日米協会新会長

2023年7月に100周年を迎えるワシントン州日米協会(以下JASSW)。この4月から新会長を務めるファーマー尚子さんにとって、歴史的瞬間が目前に迫る今年は重要な準備期間です。これまでの活動を振り返ると共に、意気込みを語ってもらいます。

取材・文:河野 光
写真提供:本人、JASSW

ファーマー尚子■沖縄県那覇市出身。1985年に渡米。1989年、ラッセル・インベストメントに入社し、日本のクライアントに向けた金融コンサルティング、投資信託商品開発・運用など、複数の部署で30年以上の経験を積む。現在はシニアプロダクトマネジャーとしてシアトル本社に勤務。JASSWのJISボランティア、ボードメンバー、教育プログラムへの関与を経て、2022年度会長に就任した。

ワシントン州日米協会 日本とワシントン州の友好と相互理解のため、1923年に設立された非営利団体。州内の日米企業や個人の会員に向け、ビジネス・セミナーから年末恒例のホリデー・ディナーまで、日米交流イベントを多数開催する。また、教育分野でもボランティア活動を通して地域社会に貢献。
Japan-America Society of the State of Washington
3010 77th Ave. SE., #102, Mercer Island, WA 98040
☎206-374-0180 https://jassw.org

父親のかなわなかった夢が渡米のきっかけに

沖縄県那覇市の首里城近くで生まれ、教育者である父親の背中を見て育った尚子さん。地元の学校で尊敬と信頼を得ていた父親のように、「大人になったら自分も学校の先生になるのだ」と、幼少期から心に決めていた。その目標が大きく変わったのは、高校2年生の頃。父親が繰り返し語っていた過去のエピソードにも影響されたと言う。

1997年にはラッセルインベストメント東京支社に派遣された

もともと貿易関係の仕事を希望していた父親は、大阪の大学卒業後の商社入社が内定していた。しかし、当時の沖縄本島を統治していた琉球政府に連れ戻され、教職に就くよう指示されたのだ。立派な教育者の父親にも別の夢があったという事実に衝撃を受けた尚子さんは、自分もほかの選択ができるのかもしれないと自覚するようになっていった。

「それまでは特に海外に住みたい、国外で仕事がしたいと考えたことはありませんでした。会社員になって組織の一員として働きたいと感じ始めると、これからの時代は英語力も必要だと思い立ちました」。琉球大学経済学部の夜間コースに進学し、昼間は働いて留学資金を貯めた。そして卒業直後の1985年4月、家族の知り合いが住んでいたワシントン州へ渡る。2年間の留学生活では大切な出会いもあった。夫となるケン・ファーマーさんだ。いったん帰国したが、1988年の入籍を機に再びアメリカ生活が始まった。

ワシントン州日米協会との出合い

結婚後はすぐに職探しを始めた。そして日系の貿易会社を経て、現在も働くラッセル・インベストメント(旧フランク・ラッセル・カンパニー)に就職を決めた。「入社したのが1989年。ラッセルが日本に進出したのは、その3年前の1986年です。日本と関わりのある仕事がしたいという念願がかないました」。最初は苦戦した金融業界の専門用語も、今となっては英語で覚えたために日本語が出てこない、と笑顔であっけらかんと語る尚子さん。その決断力と柔軟な考え方、朗らかな性格は、JASSWでの活動でも大いに発揮されることとなる。

ラッセルインベストメントを通し2007年ケニアにて女性と子どもの学歴向上を目的とするプロジェクトにボランティアで参加地元の孤児院訪問時に子どもたちと

JASSWの企業会員であるラッセル・インベストメントでは、社員が3年ごとの持ち回りでボードメンバーを務めている。尚子さんも誘いを受けていたが、1992年に長男のカイル・敬太さん、1998年に次男のポール・賢治さんを出産し、子育てと仕事に追われて過ごしていたため、「パスしていた」と明かす。少し余裕が出てきた頃、入社10年目にして初めてJASSWの教育プログラムの活動に参加した。

2021年5月ニューヨーク証券取引所にてラッセルインベストメントCEOのミシェルサイツ氏前列中央らとラッセル創立85周年記念クロージングベル式典に臨む

JIS(ジャパン・イン・ザ・スクール)と呼ばれるこの教育プログラムは、1994年に始動。スーツケースいっぱいに詰めた教材を持ってワシントン州内の学校を訪問し、子どもたちに日本の文化や習慣を紹介するボランティア活動だ。小・中学生には日本の子どもの朝起きてから下校するまでの1日を、高校生には実際に日本で使える日常会話や作法などをロールプレイング方式で教え、地域の人々に喜ばれている。なんと、尚子さんは昼休憩の時間に会社を抜けて参加していたそう。「異文化に興味津々の子どもたちの笑顔を見ると、仕事でストレスがたまっているときも疲れが吹き飛ぶようでした」と、表情を和らげる。

在シアトル総領事公邸にてJASSW教育プログラムボランティア感謝会2010年

子どもたちのための教育プログラムに注力

ボランティアで学校訪問を続ける中でターニング・ポイントとなったのが、2009年に三菱商事からの助成金5万ドルを使ってJISの教育プログラムを一新するプロジェクトに携わったことだ。「これを機に教育プログラムの委員会を発足させました。那覇にある母校の中学の校長と交渉して、教材のモデルとなる家庭を紹介してもらうなどもしました」

沖縄県教育庁宮古教育事務所にて小学校教員英語力アップ研修会でAISを紹介

さらに2015年にはJISの日本版、アメリカの小中高生の生活を日本の教室で体験できるAIS(アメリカ・イン・ザ・スクール)で米日財団から助成金を獲得し、2018年に新たな教育プログラムとして完成させた。「出張や帰省で日本にいる間は、地元沖縄の教育委員会に出向き、AISプログラム担当者だった佐藤明子さんと共に東京の文科省や大使館も回って教育プログラムへの協力を呼びかけました」。また、2019年には、ラッセル・インベストメント社内でボランティア活動を通して地域社会に貢献した社員に贈られる、「ジェーン・T・ラッセル・ハート・アンド・ソウル・アワード」も受賞。こうした活動と功績の積み重ねが、新会長に選ばれた理由のひとつにもなった。

OISTキャンパスにて教育プログラムを協議2019年

2020年春からバーチャル・プログラムへ移行していたJISは、ほとんどの学校で対面式授業が再開した現在、教室訪問を再び開始。5月からは尚子さんも参加する予定だ。コロナ禍では人種差別、ヘイトクライムなどの問題が改めて浮き彫りになった。JASSWの活動は「お金では買えない、容易には解決できない」ことに重きを置くと、尚子さんは強調する。「私たちの大切にする言葉に、ダイバーシティー&インクルージョンというものがあります。性別、年齢、障がい、国籍などの外面的な属性にとらわれず、個々が互いを認め、尊重し合い、良いところを伸ばし合う、という意味です。教育を通して子どもたちがこうした感覚を養うことが、長い目で見ても重要だと信じています」

100周年に向け、今自分にできること、伝えたいこと

現会長のエレン・エスキナズィさんからの役員交代式が4月19日(火)の年次総会内で行われる。今年のテーマは「沖縄返還50周年と沖縄の未来」だ。対面式とオンラインのハイブリッドで行われ、ゲスト・スピーカーには、AISの教育プログラムでも多大な協力を得た、沖縄科学技術大学院大学(OIST)基金のデイビッド・ジェーンズ会長を招く。三線奏者によるパフォーマンスも披露。会合後は一般参加も可能だ。

ワシントンDCの駐米大使公邸にて杉山晋輔駐米大使当時と教育プログラムを語る2019年

「この日本にとって歴史的な出来事は、シアトルの日系人の歴史とも共通点が多々あります。日本とアメリカが共に歩んできた歴史、それに対するJASSWの役割と継続してこられた理由を感じられるよう、創立1世紀に向け、質の高いイベントを開催していくことが目標です」と話す尚子さん。「約24年のJASSWでの活動を通じて、多くの素晴らしい方たちと出会いました。感謝と敬意を込め、自分が会長だからこそできる精一杯のことをしたい」と続ける。

すでに今年から来年にかけては、さまざまなセミナーやイベントの話が持ち上がっており、OISTの教授陣含め、尚子さんのコネクションが大いに発揮されている。SDGs(持続可能な開発目標)、沖縄の大宜味村(おおぎみそん)を含む世界5大長寿地域「ブルーゾーン」、バイオテクノロジー、海洋環境問題、ロボット工学など、これまでにないスケールで多方面からゲスト・スピーカーが招かれる予定だ。

2017年の年次総会にて当時JASSW会長のアダムゴフさんと

「体操をしていた息子たちの遠征試合の付き添いで、国内のいろいろな場所に行きましたが、ワシントン州に戻るたびに、やっぱりここがいちばんと感じます。子どもたちが独立してからはガーデニングに熱中し、ついに憧れだった小さな農園を購入しました」。尚子さんの旧姓から「玉木農園」と命名し、退職後の第2の人生に向け、準備を進めている。「農園で育てた果物や野菜、花などを、地元のフード・バンクへの寄付と、日米交換留学生のための奨学金支援活動に使えるようになったらいいな、と考えています」。尚子さんにとって社会貢献は日常の延長に過ぎず、あくまで自然体だ。

JASSWの歴史を祝う2023年は、さらに多くの人に活動を知ってもらうきっかけの年となれば、と期待に胸を膨らませる尚子さん。「これまで続けてこられたのも、会社や家族、関わってきた全ての人たちの理解と応援があったからこそ。この幸運に感謝し、引き続きJASSWのミッションを伝えるべく、尽力していきます」


JASSWボランティア登録受け付け中

JASSWでは、ボランティア・スタッフを常時募集している。登録をすると、本欄でも紹介する教育プログラム、JISとAISでの学校訪問(対面式/オンライン)ほか、ゴルフ・トーナメントやホリデー・セレブレーションなどの特別イベントについてボランティア募集の案内が届き、自身のスケジュールに合わせて参加を決めることができる。ボランティア・トレーニングのワークショップも不定期で開催。活動内容によっては高校生も可。問い合わせは、jassw@jassw.org。申し込みはJASSWのウェブサイトから。

2018年からシアトル在住。運動オンチのインドア派に思われがちだが、屋内にこもっているのが大の苦手。犬とお酒と音楽が友だち。愛犬との散歩で、東京では見られない野鳥に話しかけるのが日課。