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ハリー・ポッター大図鑑を翻訳した 宮川未葉さん

特撮を駆使した魔法の世界で観客を魅了してきた映画「ハリー・ポッター・シリーズ」。いかにしてヴォルデモート卿の顔が作られたかといった特撮の裏話や苦労話などを交え、舞台裏を写真や図入りで紹介する贅沢な大図鑑がシリーズで出版された。日本語版を翻訳したシアトル在住の宮川未葉さんに話を聞いた。

取材・文・写真:越宮照代

魔法の世界を映画にするための試行錯誤のプロセス

実はファンタジーってあまり好きではなかったので、ハリー・ポッターの本も映画も見たことがなかったんです。訳すにあたっては、表現を一致させる必要がありますから映画を観て本も読みました。特に翻訳と関係するところは英語版と日本語版の両方を見ています。

ハリー・ポッターは魔法の世界の話なので、登場するのは実在しないものばかりなんですね。訳していて、本から映画の世界に生命を吹き込むために大変な数のスタッフが試行錯誤して、いろいろなアイディアを出しながら実現したのがよくわかって感動しました。面白かったのがヴォルデモート卿の鼻です。鼻がえぐれたようになってるんですが、それを作るのに顔全体にマスクをつけて鼻をえぐると顔の表情がわからなくなる。そこで普通の鼻のまま撮影して、後からコンピューターグラフィックを使って映像を1コマ1コマ加工しているんです。それにはびっくりしました。ドローレス・アンブリッジのピンクの色の服も、同じピンクなのに登場するたびに変えているんです。衣装でもストーリーを作っていくのがすごい。アンブリッジは好きなキャラクターですね。強い女性が好きなんです(笑)。

1冊訳すのに平均1カ月半かかりました。本を訳している時にはそれにかかりっきりで、他の翻訳はできません。家事とか料理とか、すべてを捨ててやっています(笑)。

ハリー・ポッター大図鑑各巻の特徴

各巻の特徴は、1巻が魔法生物、2巻が魔法界名所大図鑑で、主にセットなどについての解説。3巻の魔法族大図鑑は登場人物それぞれの衣装、役作り、セリフについての解説です。4巻の魔法グッズ大図鑑は小道具の紹介。全巻を通してのセールスポイントは、豪華な写真とイラスト、普段見られないコンセプトアートなどがふんだんに使用されていて、映画作りの裏側を垣間見ることができるところです。

大図鑑はこの4巻ですが、秋にはハリー・ポッター映画の新シリーズ『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』の関連本の翻訳も4冊出ました。写真がふんだんで、仕掛けや付録が付いているものもあり、魔法界を楽しく体験できます。

▲左から魔法界名所大図鑑、魔法生物大図鑑、魔法グッズ大図鑑、魔法族大図鑑、魔法使いと魅惑の名舞台

▲左から「魔法界名所大図鑑」、「魔法生物大図鑑」、「魔法グッズ大図鑑」、「魔法族大図鑑」、「魔法使いと魅惑の名舞台」

 

翻訳は天職だと思う

翻訳を始めたのは13年前。その前は「ソイソース」の編集長をしていたのですが、3人目の子どもを妊娠して、3人育てながらフルタイムで働くのは大変だなと思って退職し、家でできる翻訳を始めました。ずっと前から翻訳をしたいと考えていたので、全米翻訳者協会の認定をとっていたんです。認定を持っている人限定で翻訳者を探していることが多いので役に立ちました。翻訳を始めてみて、「自分に向いている。天職だ!」って思いました。楽しく出来て、褒められるからいいなあって(笑)。

ハリー・ポッター大図鑑を翻訳することになったのは、数年前にかつての上司に連絡を取って会ったのがきっかけです。現在は編集関係の会社を経営されているんですが、その時に私が「本の翻訳をやってみたい」と言ったのをその方が覚えていてくださって、その後ハリー・ポッターの翻訳の話が来た時に声をかけてもらったんです。他にも候補者が何人かいたので一応テスト翻訳をしたうえで選ばれました。

実務翻訳と文芸翻訳の違い

普段やっている翻訳は実務翻訳と呼ばれるもので、企業のマニュアルとか、ビジネス関連の書類とかで一般の人の目には付かないものですが、そちらの方がずっとお金になります。ハリー・ポッターのような文芸翻訳は表現を工夫しないといけない。そこで時間がかかります。意味がわからないものもあるし、類語辞典を使ったり、インターネット上のデータベースの辞典なども活用します。ハリー・ポッターは普段の翻訳以上に意訳を大胆にしました。日本の実情に合わないところは割愛したり……。そういう時は、一応注をつけて出版社の方に見てもらいます。

どんな翻訳も基本は「正しく訳す」ですが、文芸はそれプラス文学として出版物として耐えうる文章をさらに練っていくところが難しい。実務翻訳の時は訳した後の見直しは2回です。まず英文と見比べながら、抜けがないかをチェックし、2回目は主に日本語の方だけを見て文章をチェックする。でもハリー・ポッターの場合は4回チェックします。1、2回目は実務翻訳と同じ。3回目は文章の流れに気をつけながら日本語だけを声に出して読みながら見直します。声に出すとミスに気が付きやすくなります。4回目は日本語の文章として少しでもおかしいところがないかチェックしてより磨きをかけます。

文芸翻訳は苦労も多いですが、やりがいがありますし、訳していても楽しい。出来上がると名前が出て親戚にも見せられます(笑)。今後も両方をバランスをとって続けていきたいと思います。

宮川未葉(みやがわ みよう)
■シアトル在住の英日翻訳家。『ハリー・ポッター魔法生物大図鑑』をはじめとするハリー・ポッター大図鑑シリーズのほか、最近の訳書に、『魔法使いと魅惑の名舞台(J.K.ローリングの魔法界 ムービー・マジック第1巻)』、『映画「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」オフィシャルガイド』などがある。横浜出身。1992年渡米。

ライター、編集者。関西の出版社に8年勤務の後、フリーライターに。語学留学のため渡米。シアトルのESL卒業後スカジット郡に居住し、エッセイ寄稿や書籍翻訳などを手がける。2006年より『ソイソース』の編集に携わり、2012年から2016年まで編集長を務める。動物好きが高じてアニマル・マッサージ・セラピストの資格を取得。猫2匹と暮す。