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ネット社会の行き過ぎた正義感、「キャンセル・カルチャー」とは?〜子どもとティーンのこころ育て

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

ネット社会の行き過ぎた正義感、
「キャンセル・カルチャー」とは?

「キャンセル・カルチャー」という言葉を聞いたことがありますか? まるで買い物やサービスをキャンセルするように、不祥事を起こした企業や著名人に対してSNSなどを使い圧力をかけて「キャンセルする」ことからこの名が付きました。有名人の不適切発言を糾弾し、社会的地位をなくすよう大勢で抗議する風潮が世界的に広がり、ここ数年は連日のようにメディアをにぎわせている状況です。最近では、『ハリー・ポッター』シリーズの著者であるJ・K・ローリング氏、大御所ラッパーのカニエ・ウェスト氏もそのターゲットとなりました。

抗議活動はキャンセル・カルチャーという言葉でひとくくりにされていますが、虐げられた人々の権利を勝ち取るための抗議活動と、正義の名の下に相手の全人格を否定して社会から抹殺しようとする過激な行為は似て非なるもの。アメリカでは、公民権運動に加え、女性や性的マイノリティーの人権を勝ち取るために、長年にわたり血のにじむような努力が積み重ねられてきました。この努力は現在にも引き継がれ、2017年には性的被害者による「#MeToo」運動が、2020年には「BLM(ブラック・ライブズ・マター)」運動が全米で沸き起こり、SNSを活用して多くの人が団結しました。こうした活動は、多くの被害者に勇気を与える行為と言えるでしょう。キャンセル・カルチャーが通常の抗議活動と異なる点は、対話の余地を全く与えず、相手に悪のレッテルを貼り、最後まで追い詰める不寛容さです。たとえば、奴隷制度を支えたという理由で、ジョージ・ワシントン初代大統領、トーマス・ジェファーソン第3代大統領など歴史上の人物の像が各地で撤去されています。また、今年2月28日には、19世紀に奴隷制を支持していたという理由で、フロリダ州内から民主党を追放するという法案「究極のキャンセル法」が共和党議員から提出されました。

こうした傾向は、表現の自由が断固守られるべき学術分野にも及んでいます。教育における個人の権利財団、FIREによると、2015年以降に591人の大学職員が「ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)」に反するとして何らかの処分を受けたと報告されています。2020年には136人の教授が解雇または処罰を受け、5年前の2015年から約4倍に跳ね上がりました。また、失職や社会的評価が下がることを恐れ、自分の意見を述べたくないと考える教授は52%に上ります。政治専門誌『ポリティコ』誌の調査では、46%のアメリカ人が、「キャンセル・カルチャーはやり過ぎだ」と考えています。

キャンセル・カルチャーが恐ろしいのは、誰もがターゲットになり、何年も前のネットの書き込みなどをチェックされ、気付かない間にSNSで一瞬のうちに拡散して攻撃される可能性があること。特に子どもやティーンは深く考えずにコメントを書き込みがちです。夜に書き込みをして、翌日学校に行ったら「キャンセル」されていたという可能性も十分にあるのです。

それでは、子どもがキャンセル・カルチャーの被害者や加害者になるのを避けるために、親はどうすれば良いのでしょうか? まずは、キャンセル・カルチャーについての情報を共有し、子どもにさまざまな質問をしてみましょう。「サイバーいじめとの違いはなんだと思う?」、「間違いや悪いことをした人を、どう思う?」、「一度の間違いをずっと責めるのは正しい?」、「自分が責められる側になったらどうする?」、「同じことを起こさないようにするには何が必要?」といった対話を通じて、相手を批判するだけでは社会の分断をさらに深くするだけで建設的ではないという、気付きや視点の変化を促します。辛抱強く対話をすること自体が、キャンセル・カルチャーのカウンター・アクト。お互いの意見をまず聞くことが、今いちばん必要とされていると粘り強く教えていきましょう。

参考文献
(1)Five professors tell how they were canceled — and why they fought back
https://nypost.com/2022/04/30/professors-on-how-they-were-canceled-why-they-fought-back/

(2)The Academic Mind in 2022: What Faculty Think About Free Expression and Academic Freedom on Campus
https://www.thefire.org/research-learn/academic-mind-2022-what-faculty-think-about-free-expression-and-academic-freedom

(3)Americans tune in to ‘cancel culture’ — and don’t like what they see https://www.politico.com/news/2020/07/22/americans-cancel-culture-377412

(4)What Cancel Culture Looked Like in the Middle Ages | NYT Opinion
https://www.youtube.com/watch?v=RSt9CWAgdJg

ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com